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難民対策の根本に置くべき視点とは

「人間の安全保障」という概念

長有紀枝理事長 立教大学教授、難民を助ける会(AAR)理事長

トルコのシリア難民キャンプで暮らす子どもたちと「難民を助ける会(AAR)」スタッフ=2015年1月、AAR提供拡大トルコのシリア難民キャンプで暮らす子どもたちと「難民を助ける会(AAR)」スタッフ=2015年1月、AAR提供
 2015年の難民問題をめぐる状況、特にシリア難民をめぐる状況について、「戦後最悪の難民問題」「今世紀最大の人道危機」というような、いかにもセンセーショナルな修飾語を聞くたびに居心地の悪さと違和感を覚える。確かに数字の上では、6千万人というこれまでにない数字(国連難民高等弁務官事務所〈UNHCR〉グローバル・トレンズ2014)を記録している。しかし、国際社会、正確には西側の先進ドナー諸国と日本がこれほどまでに難民問題をセンセーショナルに取り上げるのは、シリア難民が大量に欧州に流入を始めたからにほかならない。

 これまでも、スーダンや南スーダン、ソマリアやコンゴ民主共和国(旧ザイール)、アフガニスタン、イラクで限りない数の難民が流出を続けていた。しかし、これらの難民の避難先は、豊かな欧州ではなく、ケニアやチャド、エチオピア、パキスタンやイランなど周辺の貧しい国々である。

 シリアも、紛争前はイラクやパレスチナ難民の最大の受け入れ国であった。欧州がシリア難民受け入れの論議を進めているが、ドイツが9月に80万人の受け入れ方針を示し、欧州各国に驚愕とともに受け止められた。これはドイツの人口8062万人(13年)に対し、その約1%にあたる数字。日本の人口比に当てはめると、1億2700万人(13年)の人口に対し、127万人の難民受け入れを表明したことになる。確かに驚異的な数字ではあるが、より深刻な事態は、国際社会が「今世紀最大の」という形容を使う以前から既に存在していた。

 たとえば10年の時点で、世界の難民の75%は出身国と接する周辺国にとどまっていた。その結果、世界の難民の80%が開発途上国におり、世界の最も貧しい国々が難民への庇護を提供していたことになる。これらの国々にはすでに史上最悪の、あるいは今世紀最大の人道危機を迎えていたのである。

 10年においてはアフガニスタンとイラクが世界最大の難民の出身国であり、それぞれ、総人口の1割にあたる約300万人、6%にあたる約170万人の難民を出していたが、これらの難民の多くが周辺国にとどまり、その結果、パキスタン(190万人)、イラン(110万人)、シリア(100万人)の3カ国が10年時点で世界の3大難民受け入れ国であった。イラク難民が流入したシリア、ヨルダン両国は60年以上にわたり200万人ものパレスチナ難民を受け入れており、イラク難民の大量の流入は両国にとってさらなる経済的・社会的負担となっていた。

 そして現在、言うまでもなく、「世界最大」という形容がつく難民問題の中心にいるのはシリアである。しかし、シリア難民の受け入れ状況を見ても負担にあえいでいるのは欧州諸国ではない。シリアと国境を接する国々である。表1にあるとおり、改めてその比率をみれば、周辺の国々がどれほどの負担を担っているか歴然としている。

表1 シリア難民の受け入れ数および対人口比 UNOCHA, Syrian Arab Republic : Humanitarian Snapshot (as of 30 November 2015)から筆者作成拡大表1 シリア難民の受け入れ数および対人口比 UNOCHA, Syrian Arab Republic : Humanitarian Snapshot (as of 30 November 2015)から筆者作成

 「戦後最悪」「今世紀最大の」という修飾句は、「西欧諸国が経験している」、あるいは「西側の我々にとって」という限定付きで初めて妥当であることがわかる。

「戦後最悪」の難民問題 日本の受け入れ状況は

ギリシャ・レスボス島からアテネ近郊ピレウス港行きのフェリーに乗り込むシリア難民=15年7月拡大ギリシャ・レスボス島からアテネ近郊ピレウス港行きのフェリーに乗り込むシリア難民=15年7月
 では日本の難民問題、難民受け入れ制度、認定制度をどのように考えたらよいのだろうか。まずは現状把握のために、事実を羅列したい(出典は法務省、外務省、難民事業本部、UNHCRホームページ)。

 ・14年に日本で難民認定申請を行った者は5千人であり、前年の3260人に比べ1740人(約53%)増加した。難民の認定をしない処分に対して異議の申し立てを行った者は2533人であり、前年比125人(約5%)増加。申請数および異議申立数いずれも日本で難民認定制度が発足した1982年以降最多の数字。

 ・2014年に難民として認定した者は11人(うち5人は異議申立手続きにおける認定者)、難民として認定しなかった者は、難民認定申請(1次審査)で2906人、異議申し立てで1171人。難民の認定率は0・2%。

 ・難民と認定しなかったものの、人道上の配慮を理由に在留を認めた者(「その他の庇護者」〈注1〉)は110人。認定者11人にその他の庇護者110人を加えた121人が、14年に日本が実質的に庇護を与えた者(庇護数)。庇護を与えた者の国籍は22カ国にわたり、うちミャンマー人が全体の約39%を占める。難民認定申請者数に対する庇護者数の比率は2・4%。

 ・申請者の国籍は73カ国にわたり、主な国籍はネパール1293人、トルコ845人、スリランカ485人、ミャンマー434人、ベトナム294人、バングラデシュ284人、インド225人、パキスタン212人、タイ136人、ナイジェリア86人。

 ・不認定者の主な国籍は、ネパール690人、トルコ505人、スリランカ300人、ミャンマー274人、ベトナム187人、パキスタン165人、バングラデシュ111人、インド107人、カメルーン67人、ナイジェリア65人。

 ・日本で難民認定制度が発足した1982年以来、2014年までの申請総数は、難民認定申請(1次審査)2万2559件、異議申し立て1万3406件、合計3万5965件。うち難民と認定されたのはそれぞれ、1次審査512人、異議申し立て121人、合計633人(注2)。認定率は、1次審査2・26%、異議申し立て0・9%、全体で1・76%。

 ・「その他の庇護」が初めて認められた1991年から2014年までの「その他の庇護者」総数は2367人。認定難民と「その他の庇護」の総計は3千人。難民申請総数との比率は8・3%。

 ・UNHCRグローバル・トレンズ2014によれば、14年に難民条約締約国またはUNHCRにおいて難民の地位の申請をした者の数は約166万人。うち約147万人が1次申請。14年の難民認定者数は約27万8千人(平均難民認定率は約27%)、補完的保護は33万7千人。両者を合わせた保護数は約61万5千人(平均保護率は約59%)(P27、P38)。

 こうした現状に対し、難民認定や申請者の弁護に関与する人からは、「日本の認定率は世界平均の100分の1に満たない。現状の日本の難民認定で保護されるべき人、他の難民条約締約国で難民と認定される人が日本では認定されていない。法務省や入管当局が想定する難民の範囲が狭すぎる」という意見や、「日本の難民認定率が低いのは、日本の難民認定制度を就労目的で悪用する『偽装申請』が横行しているためだ」という議論がある。

全体像を論じることと立ち位置を決めた報道

 では、日本における難民問題をどのように見、どのように論じたらよいのだろうか。

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筆者

長有紀枝(立教大学教授、難民を助ける会(AAR)理事長)

長有紀枝(立教大学教授、難民を助ける会(AAR)理事長)(おさ・ゆきえ) 立教大学教授、難民を助ける会(AAR)理事長

1963年、東京都生まれ。外資系企業に勤務しながらAARでボランティアを開始。91年から専従職員に。旧ユーゴスラビア駐在代表などを経て退職。東京大学大学院「人間の安全保障」プログラムで博士号取得。2008年からAAR理事長。著書に『入門 人間の安全保障 恐怖と欠乏からの自由を求めて』(中央公論新社)、『スレブレニツァ あるジェノサイドをめぐる考察』(東信堂)など。