避けず、貶めず、向き合うこと
2016年05月16日
「日本会議、国家神道の自民党と創価学会の公明党が連合している政権を、野党が共闘し、市民が連合して止めましょう―」
正確な文言は覚えていないが、確かにそういったようなスピーチが聞こえてきた。二〇一六年一月五日、新宿駅西口。SEALDsなどを含む「市民連合」(安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合)による約五千人(主催者発表)が集まった年明け初の街宣。人々が沸く中、何か違和感を禁じえなかった。むろん主眼は「野党は共闘」にあるとはいえ、その図式的な、政治的に対抗する勢力の背景に「宗教」があるとし、それとの対峙を煽るような理解と姿勢についてである。
二〇一五年という年は、現在の国内最大の保守・右派合同運動と言える「日本(にっぽん)会議」が社会的に顕在化していった年だった、と言えるかもしれない。その先鞭(せんべん)をつけ、開拓したのは、扶桑社のウェブメディア「ハーバー・ビジネス・オンライン」における菅野完の連載「草の根保守の蠢動」(http://hbol.jp/25122 ほか)であったことは論を俟(ま)たないだろう[菅野 二〇一六]。そして、それに追随・並行するように、新聞、週刊誌、ウェブメディア等におけるさまざまな報道が提出されていったと理解している。だが、新たな事象が次々と生起し、情報が幾重にも伝達されていった顕在化の過程は、必然的にその理解の状況にかなりの混乱を生み出しているようにも思う。
筆者は宗教研究者である。よって、日本会議や改憲潮流、「右傾化」などの動きを見る際にも、それと「宗教」との関係を集中的に見てしまうという偏りがある。半面、これらの問題系に迫るためには、「宗教」についての正確な理解が必要不可欠だ、とも強く思っている。
日本会議については、すでに複数の報道や論考が蓄積されている。筆者自身もある程度はまとめてきたので[塚田 二〇一五、二〇一六]、ここでそれを一からは繰り返さない。本稿では、日本会議とその周辺、ならびにそれについてのメディア報道と社会の理解を「宗教」に焦点化して眺めた際に、浮かび上がるいくつかの論点や問題について検討していく。
日本会議は、一九九七年に、「日本を守る会」(一九七四年設立、宗教団体・修養団体などが参集)と「日本を守る国民会議」(一九八一年設立、政財界や文化人が中心)とが統合されてできた「国を愛する新しい国民運動ネットワーク」を称する任意団体である。その会員は現在、三万八千人ほどとされる。約二八〇人が所属する国会議員懇談会や、地方議員連盟もある。
当初からの「基本運動方針」六条を確認しておきたい。
一、国民統合の中心である皇室を尊び、国民同胞感を涵養する。
二、わが国本来の国がらに基づく「新憲法」の制定を推進する。
三、独立国家の主権と名誉を守り、国民の安寧をはかる責任ある政治の実現を期す。
四、教育に日本の伝統的感性を取り戻し、祖国への誇りと愛情を持った青少年を育成する。
五、国を守る気概を養い、国民の安全を確保するに足る防衛力を整備するとともに、世界の平和に寄与する。
六、広く国際理解を深め、共存共栄の実現をめざし、わが国の国際的地位の向上と友好親善に寄与する。
こうした基本理念に基づいて彼らは、署名活動、デモ・街宣・キャラバン活動、講演会・大会・シンポジウム等の開催、諸団体の設立や連携、文化人やメディアとの協力といった地道で粘り強い「市民運動」を続けてきた。
彼らが自認するこれまでの運動の成果としては、元号法制定(一九七九年・前身時)、国旗国歌法制定(一九九九年)、教育基本法改正(二〇〇六年)、「家族の絆を守り夫婦別姓に反対する運動」(二〇一〇年)などが挙げられる。
目下の目標は改憲だと言える。二〇一五年一一月一〇日、日本武道館で「今こそ憲法改正を!1万人大会」が行われた。主催は、日本会議との一体性が強い「美しい日本の憲法をつくる国民の会」(二〇一四年結成、共同代表:櫻井よしこ・田久保忠衛〈現・日本会議会長〉・三好達〈前・日本会議会長〉)。国会議員数十人が参加し、安倍首相からビデオメッセージも寄せられた。また、三一都府県議会での決議、国会議員四二二人の賛同署名、約四四五万(目標一千万)の署名がなされていることが報告された。
日本会議を捉える上ではずせないのが、「生長の家」教団系の民族派学生運動・政治運動の流れについてである(教団としては現在は不関与)。その点は、本特集の菅野論考ならびに[菅野 二〇一六]に詳しいのでここでは触れないが、そうした流れをくむ人々によるアジェンダ設定と運動形態の方向付けが継続的になされてきたことは指摘しておく。
さて、このように日本会議についての諸情報を正確に積み重ねていくこと自体には、確かに一定の意義がある。だがそれは、「日本会議とは何か」という問いの答えには必ずしもなっていない。広義の「社会運動」ではあるが、たとえば「政治運動」「改憲運動」「教育運動」「宗教運動」「保守運動」「右派運動」など、どれもあてはまるようで収まりきらない。過去に、あるいは革新なり護憲側に対応する運動があるかを考えてみても、実はわれわれは、この類例がない現前の対象をうまく説明する枠組みを有していないのではないか。この点は、こうした対象に批判的に向き合おうとする際に、どの点をどのように取り上げられるのか、という問題にもつながる。他方、よくわからない対象に対して、「極右勢力」「カルト連合」といったわかりやすいラベルを安易に貼って、「わかる」ものに転化してよしとするような態度も出てくる。
また、「運動」「団体」というと、統一方針を持った一枚岩的な組織を想像してしまいがちである。しかし、日本会議はそうではない。後述するさまざまな宗教運動をはじめとして賛同する人々が広く協同できるように整備・提供された、草の根保守・右派運動の「場」「フォーマット」として捉えるべきではないか、と筆者は考えている[塚田 二〇一六]。
まずは、神社界関係者が要職に目立つ。顧問五人のうち四人が宗教関係者であり、三人が神道人である。また、副会長四人のうちの一人、理事長もそうだ。その意味合いについては、後述する。
続いて、全四一人の代表委員のうち、一七人(四一・五%)を宗教団体・修養団体の関係者が占めていることを指摘できる。それらの団体は、神社神道関係、伝統仏教、神道系・仏教系など多様な系統の新宗教、修養団体などさまざまである。
その多様性を考えれば、「神道系団体が中心」という説明は成立しない。戦後に発生した運動も複数あることから、
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