ジャービス教授の話題本を批評する
2016年09月16日
デジタル・ジャーナリズムについての議論は技術やビジネスモデルの話題に偏りがちで、ジャーナリズムがいかなる役割を果たすべきかについての考察が忘れられがちである。ジャーナリズムの本質についての議論を盛んにすべく、本書の日本語版を刊行した次第である。
同書に筆者は「ジャーナリズムのミッションに忠実なジェフ・ジャービス」と題した20ページに及ぶ解説を執筆した。本書の刊行後に、この文章は書評サイト「HONZ」にも全文が掲載されている(http://honz.jp/articles/-/42863)。
ただし、この解説はあくまで本文を読む前に読まれることを前提とした前説であるため、筆者の見解を押し付けすぎないように、論点については控えめの記述にしている。本稿ではそうした制約から離れ、本書を読了してジャービスの主張に親しんだ方を対象に、この本の議論をさらに深く吟味してみたい。また、本書を読んでいない方も、ジャーナリズムが直面する危機的な状況とそれに対する筆者の考えについて、本稿で十分理解いただけるものと思っている。
だが、その発言を子細に追うと、ジャービスの発想の中心には常に「ジャーナリズムの公共性」があることが分かる。彼は理想主義者と言ってもよく、ジャーナリズムの倫理を曲げてでも日銭を稼ごうという考えにはならない。
これに加えて、左記の三つがジャービスの中では同居している。
①スモールタウン民主主義
活発に議論がかわされる活気のあるコミュニティーをジャービスは愛する。
②イギリスのジャーナリズム
ジャービスは客観報道に高い価値を認めず、アメリカと比較すると記事で事実と意見を区別することにあまりこだわらないイギリスのジャーナリズムを好む。
③シリコンバレー
情報や意見をシェアして集合知を形成することにより、民主主義を高めていこうという考え方にジャービスは賛同する。ただし、ジャービスはシリコンバレーの文化には自己中心的なところがあり、公共性が十分ではないと考えてもいる。
こうした考えに基づき、ジャービスは本書の第16章で、ジャーナリズムについて、広義ではコミュニティーが知識を広げ、整理するのを手助けする仕事とし、狭義では何かを主張し、市民の生活に良い影響を与えるために努力することと考えている。広義の定義にはシリコンバレーの影響が見られる。また、狭義の定義に基づく考え方だからこそ、イギリスのジャーナリズムに親しみを感じているのであろう。
以上の点を押さえたうえで、ここからは筆者が重要と考える本書の論点を提示していく。
ジャービスはこれまで、ビジネスとして持続可能な新しいジャーナリズムを生み出そうと努力する起業ジャーナリズム(アントレプレニュリアル・ジャーナリズム)のリーダーとして、研究と教育に励んできた。
アナログの時代にビジネスモデルを確立した既存の報道機関の多くは、デジタルの時代には従来と同じようには稼げなくなる。したがって、調査報道など重要な機能を残したうえで、組織を縮小せざるをえなくなる。そんななかジャービスは、イノベーションを起こし、新しいビジネス環境に合致したジャーナリズムを孵化(ふか)させることで、ジャーナリズムを存続させていこうと努力している。
ジャーナリズムが独立性を確保するためには、ジャーナリズムをビジネスとして成立させることが望ましい。それゆえ、起業ジャーナリズムは価値のある取り組みであると筆者も考える。
だが、ジャーナリズムは第一義的には公共サービスである。ジャービスが言う通り、現在はマスが崩壊し、記事の課金も容易ではなく、マス広告も消滅する可能性がある状況にある。こうした環境では、起業ジャーナリズムの努力をもってしても、ジャーナリズムがビジネスとして成立する保証はない。したがって、起業ジャーナリズムは目標設定に無理があるのかもしれない。
とはいえ、自助努力をせずに寄付金を募っても、賛同は得られないであろう。そこで、まずは優れたジャーナリズムを提供し、収入を得る努力を最大限すべきである。それでも資金が不足する時に、「こうしたジャーナリズムに価値があると認めてくださるなら、寄付をお願いしたい」と訴えるべきであろう。
さらに、起業ジャーナリズムに取り組むにあたり、とりわけ高い倫理性が求められる点も忘れてはならない。
既存の報道機関は、報道サイドと経営サイドの間に壁を設け、「チャーチ・アンド・ステート(政教分離)」の関係にすることにより、報道内容が広告主にこびたものにならないようにしてきた。
これに対し、起業ジャーナリズムでは、ジャーナリストが新規事業の立案に取り組む。新たなジャーナリズムを生み出そうとすれば、報道活動に従事するジャーナリストの意見を取り入れるのは当然なので、壁を壊すのはやむをえない。ただ、そこでジャービスのように高い倫理観を持っていないと、起業ジャーナリズムがジャーナリズムを劣化させる恐れがある。
例えば、デジタル・ジャーナリズムの現場では現在、少しでも収入を確保しようとして、ネイティブ広告(記事体広告)が盛んになっている。しかし、ジャービスは、ネイティブ広告は記事なのか広告なのか分かりにくいため、読者を混乱させるとして、反対の立場を取っている。ジャーナリズムにおいて最も重要な資産は、読者からの信頼である。次の四半期の決算のつじつまを合わせることばかり考え、ネイティブ広告に頼り過ぎた結果、長期的に読者を失ってしまっては元も子もない。
なお、既存の報道機関が、ジャーナリズムの活動を維持しながら、経営を成立させていくための方策についての筆者の考えは、「データ駆使したニュース解説・報道に力 米国ジャーナリズムのデジタル戦略」(「Journalism」2015年7月号)の中で述べている。具体的には、B to B(企業向け事業)分野への進出▽デジタルメディアのスタートアップ企業への投資―だが、興味をもたれた方はお読みいただければ幸いである。
ところで、ジャーナリズム研究者は大きく、ウォルター・リップマンの主張に共感するグループと、ジョン・デューイの主張に共感するグループの二派に分かれる。ジャービスはデューイ派で、筆者はリップマン派である。
「ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン」ほかでコラムニストをつとめたリップマン(1889~1974年)は、22年に『世論』(邦訳は掛川トミ子。岩波書店、87年)を著すなど、世論とジャーナリズムについて示唆に富む考察をした。大衆が接しているのは、ステレオタイプ化された報道であるため、理性的な判断を期待できないとし、訓練された専門家による情報部について議論している。
これに対し、プラグマティズムの哲学者であるデューイ(1859~1952年)は、27年に『公衆とその諸問題-現代政治の基礎』(邦訳は阿部齊訳。筑摩書房、2014年)を著し、リップマンを批判している。デューイはコミュニケーションがコミュニティーの形成に対して果たす役割を重視し、マス・コミュニケーションがグレート・ソサエティーをグレート・コミュニティーに変革する可能性について論じた。
一般に、リップマン派の研究者は客観報道に関心があり、デューイ派の研究者はジャーナリズムの活動を通じた政治社会の変革に関心がある。1990年代に多くの関心を集めたパブリック(シビック)・ジャーナリズムや、近年のソリューション・ジャーナリズム、インパクト・ジャーナリズム、ソーシャル・ジャーナリズムはデューイ派に属する。
二つの流派は、報道の方法論という点で、相容れないものがある。
デューイ派のジャービスの議論に照らして考えると、ジャーナリズムはユニークユーザー数やページビュー数といったマスメディアの発想を捨て、今後はコミュニティーの目標達成にどれだけ貢献できたかで成功を図るべきだということになる。さらに、ジャーナリストの役割自体をとらえ直すべきで、イベントの主催者、グループのまとめ役、何らかの主唱者、パートナー、協力者、教育者などが考えられるとする。
しかし、筆者はこうした考えに疑問を感じる部分がある。先述したジャービスの考える狭義のジャーナリズムの方向に進むと、ジャーナリストは何らかの運動の推進役を果たすことになるが、リップマン派の立場からすれば、ジャーナリストは、権力に対する監視の役割を果たすのにより力を入れてほしいのである。政治家や官僚の腐敗を暴くためには、ジャーナリストは取材対象者と「協働」するのではなく、「緊張した関係」になることに耐えなければならない。
また、政治社会には様々な見解や利益があり、だからこそ、それぞれを引き受ける政党や圧力団体が存在する。そうした相異なる主張を第三者の視点で冷静に吟味する作業も、ジャーナリズムが果たすべき重要な役割である。
リップマン派とデューイ派とでは、世界観が根本的に異なる。リップマン派は悲観的な世界観に立ち、大衆民主主義が衆愚政治に陥りかねない現実を重視する。デューイ派は楽観的な世界観に立ち、民主主義の価値を信じる。
このため、デューイ派は少しでも世の中を改善できれば、前進できたと考える。だが、リップマン派は民主主義の可能性を追求するのには賛成だが、国民の全員が政治に熱心な関心を持つ状況が訪れることはまずないという前提で政治社会について議論すべきだと考える。
筆者には、デューイ派のジャーナリストの良心的な努力を否定しようという考えは全くない。また、正義感に駆られるあまり、報道活動に限界を感じ、政治家に転身するジャーナリストがでてくるのも理解できる。
だが、リップマン派としては、
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