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天皇の「生前退位」で突きつけられる問い

平成とはどういう時代なのか

古谷経衡 ライター

 今上天皇の「生前退位」意向を踏まえ、2016年10月17日、政府が初の有識者会議を総理官邸で開いた。各種報道によると、「生前退位」は摂政を置かず一代限りの特措的なもので、現皇太子殿下への譲位は平成30(2018)年を想定しているという。これが事実なら平成はきりのよい30年という年数で、しかも陛下の能動的なご意思を発端として終結することになる。

 報道を見る限りに、すでに陛下の退位は既定路線で、その年限までも既定のものになっているようである。まるでマスコミ各社が横並びの協定を結び、宮内庁の「情報」を出し惜しみしているのではないか、と下衆(げす)の勘繰りを入れたくもなる状況でもあるのだが、ともあれ私個人の憚(はばか)りない感想を述べるのなら、今上陛下の退位と譲位によって陛下が上皇、ないし法皇と呼称され、たまさか元号が改元されるというダイナミックな展開は、胸熱(むねあつ)たる一種の興奮、感動、ワクワク感を惹起(じゃっき)させるのである。

人心・国体を一新する崩御によらない「改元」

象徴としてのお務めについて、お言葉を述べる天皇陛下=宮内庁提供拡大象徴としてのお務めについて、お言葉を述べる天皇陛下=宮内庁提供
 近代以前、元号は天変地異などを契機に頻繁に改められてきた。大地震や火山噴火、疫病蔓延で国が疲弊すると、新たな元号で人心の一新を図ろうという狙いである。むろん、これは中世的な観念であって、改元したからといって事態が根治するわけでは当然、ない。しかし、近代以降、「元号=終身」が自明になるなか、崩御によらない改元は、それを体験していない私にとって「ご一新」に等しいのみならず、人心を刷新する効果も大きいと思える。もとより崩御によらない改元は、自粛の必要もなく、明朗な気分で新時代を迎えられるというもの。今上陛下はその点も考慮したに違いないと思うのは邪推だろうか。

 いずれにせよ、平成という時代が終わり、つぎなる時代がすぐそこまで来ている。一部報道によると、今上陛下は譲位した後、上皇として京都に引退される可能性もあるという。上皇……。なんと格好の良い響きか。今上陛下の生前退位は、新しい時代にバトンを譲るだけではなく、近代以降の日本の国体、つまり戦後も連綿と残る明治国家の骨格そのものを吹き飛ばし、日本が脱近代国家として生まれ変わることをも意味する、というのは、些(いささか)言い過ぎであろうか。

 別言すれば、明治から150年近く続いた国体の姿が、今上陛下の鶴の一声で、まさに「変態」しようとしている。なんとすごいお方なのだろう。そして、なんて胸躍る展開なのだろう。生前退位の報を聞いてからこのかた、私はなんだか闇雲に小躍りを繰り返したくなる気分なのである。私たちはいま、歴史の分水嶺の、その直下にいるのである。

昭和世代が主張する「平成は暗い時代」

 振り返れば、昭和が終わり、平成の鬨(とき)の声がこだましたとき、私はようやく六つになったに過ぎなかった。昭和天皇が崩御される直前、天皇の血圧や心拍数が逐一ニュースとして流れ、昭和の末期、昭和63年から64年にかけて、国内には「自粛ムード」が跋扈(ばっこ)したというが、私にはその記憶はゼロだ。

 私にとって「日本社会」の輪郭の記憶が鮮明になるのは、1993年の北海道南西沖地震と、95年1月の阪神・淡路大震災と、その後、時をおかずに起きたオウム真理教による「テロ事件」のあたりからであった。南西沖のとき、小学校5年生。阪神やオウムのときは小学校6年生である。昭和の末から平成初めのバブルの沸騰は、全くよくわからない。「バブル崩壊」という単語を、小学校の低学年のとき、やたらにテレビから聞いたことを、おぼろげに記憶している程度である。

 各種の公的申請やクレジットカードの申し込みの際、私は当然ながら生年月日の欄の「昭和」、もしくは「S」の項目に丸を付け、つづけて「57(1982)年」と記入する。ただ、昭和天皇の記憶がおぼろげであるように、私の中で「昭和」は限りなくゼロに近い存在感しかない。おそらく、西暦でおおむね80年以降に生まれた世代には、昭和の記憶はほとんどないであろう。

 昭和を体験し記憶する上の世代からはよく、「平成は暗い時代であり、平成に生きる若者は覇気がなく、楽しそうではない」などと言われる。いわゆる「バブル期」を躁的に生きた世代の人々から、ことさらよく聞く話である。さらに延伸し、「平成しか知らない君たちはかわいそうだ」などと、憐憫(れんびん)にも似た感情をちらと見せてくる人もいる。若い世代を馬鹿にしたり、見下したりしているのではない。本心から同情の念を寄せているのである。昭和57年生まれの私とて、実際には青春時代の全部を平成で過ごしているのだから、彼らからすると憐憫の対象に違いない。

 ただ、私自身は自分の生きてきた平成という時代が暗い時代なのか、不幸な時代なのか、楽しそうではないのか、よくわからない。現在という時間軸の評価は、過ぎ去ってから初めて判明する。歴史は虹に似ているとよく言ったものだが、虹はその直下において、その姿はおぼろげである。遠くに離れて初めてその全体の輪郭をつかむことができるのだ。そういう意味で、平成という虹の真下しか知らない私からすると、この虹の色がどす黒いのか、あるいは茶褐色なのか、そうでないのかを知る術はない。

平成人にはまるで他者 昭和末期の日本の社会

 逆にそんな私だからこそ、いわゆるバブルや昭和時代を相対化して眺めることができる。過ぎ去った時間なので、むしろ他者として稠密(ちゅうみつ)に観察できるのだ。

 1980年代後半から90年代前半の92年ぐらい(正確にいうと平成初頭だが)までに流行した〝昭和〟の映画やドラマを見るのが、何を隠そう、私の隠れた趣味である。そこで開陳される東京は、現在と同じように都庁があり、物価水準もおおむね現在と変わらず、駅や私鉄路線も同じものなのに、人々は異様な色の背広(紺や鶯(うぐいす)色、ピンクや紫)を着て、女性は串みたいな形をした珍妙な髪形(ワンレン)をしている。

 草刈正雄、吉田栄作、豊原功補、陣内孝則は、バブル期のドラマや映画に必ず登場する花形俳優である。むろん彼らは「ダサい」というわけではない。むろん彼らはその演出はどこか多血質のきらいがある。割とピチッとした白色のインナーシャツの上にジャケットを羽織り、肉体を強調する。布の上に乳首が浮いているのだ。そして、ほとんど全員が喫煙者を演じている。そうした演出を時代が彼らに要請したのであろう。この時代を躁的に生きた女性に聞くと、それが当時の「いい男」の古典的手本だったという。わかるようで、よくわからない趣向である。

 ドラマの中では、決まって間接照明のきいたバーで着色料たっぷりの原色カクテルを飲んだり、無意味に上層に伸びたコンクリート打ちっぱなしのロフト付きマンションに住んだりする。それが、当世一流の最先端の都市型ライフスタイルであると肯定されているがゆえの演出だったのであろう。

 演出上のこととはいえ、皆一様にキレやすく、些細な男女間の行き違いや、サービス業の不手際やミスに対してすぐ激昂(げきこう)する。あるいは、くわえタバコや、手鼻をかんだり、痰(たん)を道路に飛ばしたりすることに躊躇がない。現在こういう演出をドラマでやることは滅多にない。視聴者から「悪いマナーを教唆するのか」的なクレームが来るからである。クレーマーの悪態を首肯するかどうかは別問題としても、公衆道徳とか忍耐とかルールという言葉を知らないのではないかとさえ思える。

 決定的なのは、チンピラややくざ風の男が公道を闊歩して憚らないところだ。そして、そういったチンピラ風情に民間人が異様に萎縮しているのである。官憲や司法はなにをしていたのだろうか。これもまた、現在こういう演出をドラマでやることは少ない。

 2007年に「バブルへGO!!」という映画が公開され、やや話題になった。作劇自体はごく凡庸なもので、広末涼子演じる主人公がひょんなきっかけからバブル時代の日本にタイムスリップするというお話である。たかが20年ほど遡上しただけなのに、東京の街があまりにも異なっていることに、広末がカルチャーショックを受ける演出が頻出した。

 平成から見た昭和とは、ことほど左様に他者であり、奇異であり、そしてまさしくそれが為に中毒性を伴った観察の対象となっているのである。外国に旅行するよりも、バブル期のドラマを見ているほうが余程「異国」に行った気になる。それほどまでに、私にとって昭和(末期)は他者なのである。

 むしろ1960年代や70年代の昭和中期の映像のほうが、合理的な親近感というか安堵感がある。大前提として、昭和末期より国家経済の規模が小さく、一人当たりの個人所得も少なかったという事実があるので、それ相応に東京の姿かたちがいまとは異なり、人々の消費動態にも違いがあるのは得心がいく。なにしろ、首都圏の国際空港は羽田だけであり、都市インフラはまだ整備途上であったのである。なまじ物質的に現在と同じなだけに、まるで風俗が違う昭和末期のよそよそしさ、異質な感じが際立つのである。

2018年に平成終了? 急転直下の胸躍る展開

 しかしながら、今上陛下の生前退位、改元が実現すると、平成が新時代にとってかわられる。私の頭の真上にあった「平成」という虹がその位置を変え、それを外から眺めるかたちになるのである。今上陛下の健脚ぶりを見て、平成の終わりなどあと2桁年先であるように考えていた私にとって、まだ確定したわけではないとはいえ、2018年に平成が終わる可能性があるという現実は、まさに急転直下の展開である。

 そこでは、先述した「いまは平成という虹の下にいるからよくわからないです」などという、安穏な言い訳めいたセリフが通用しなくなる。改元して新時代を迎えたとたん、平成を全身に浴び、平成のなかで思春期、青年期を過ごした私は、いやがおうにも、平成という時代が何だったのか、問い直されるのである。

 平成とは一体どういう時代なのかを問う作業が、今上陛下の退位と同時に、「平成人」たる私に突き付けられようとしている。それは、著述を事とする私の眼前にたまさか突き付けられた課題に他ならない。あたかも、陛下から与えられた宿題のようである。

 いまはまだ、平成は私の真上にある。だが、今上陛下による「おことば」で、まるで高速で遠ざかる銀河団のように、平成が急速に赤方偏移している。「平成人たる私には、どうせおぼろげにしかみえない」と考え、平成をなおざりに、ひたすら昭和を物珍しげに観察してきた私が、今度は逆に自らが生きてきた時代を、距離をおいて直視せざるを得なくなる。それは、はじめはギョッとするが結局、胸躍る展開になろう。

 では、平成とはどんな時代だったのか、少しばかり想像力を回転させて考えてみたい。なにせ平成とは私そのものであり、 ・・・ログインして読む
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筆者

古谷経衡(ライター)

古谷経衡(ライター)(ふるや・つねひら) ライター

1982年生まれ。立命館大学文学部卒。2011年からライター・編集者の仕事を始め、ネット問題からアニメ・映画評論まで幅広く執筆、講演活動を行う。『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『戦後イデオロギーは日本人を幸せにしたか』(イースト・プレス)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮新書)、『草食系のための対米自立論』(小学館新書)など著書多数。