懸念される、捜査手法の拡大と監視社会の到来
2017年01月18日
日本政府が国連「越境組織犯罪防止条約」(政府はこれを「国際組織犯罪防止条約」と呼んでいる。署名式をしたのがイタリアのパレルモであることから、「パレルモ条約」と呼ばれることもある。以下「国連条約」という)を2000年12月に署名してから、16年が経った。
すでに国連加盟国のうち約187カ国が批准をすませているが、日本政府はかねて、「国連条約を批准するためには、その国内法として600以上の共謀罪を創設する、いわゆる『共謀罪法案』を成立させることが不可欠である」としており、国会に3度、法案を上程したものの、すべて廃案となっているため、批准にはいたっていない(ただし03年に国連条約を留保なしに批准すること自体は、国会で承認されている)。
14年以降、マネーロンダリングとテロ資金を規制するための「40の勧告」を公表し、その執行状況を厳しく監視している国際機関・FATF(金融活動作業部会)は、日本を名指しで同勧告を完全実施するように求めているが、その中には国連条約を批准することも含まれている。
おりしも17年のG7サミットは、国連条約の署名式があったパレルモで開かれる予定であると伝えられている。国際情勢を鑑みると、我が国が国連条約を1日も早く批准することが、強く求められているようにみえる。
―共謀罪 要件変え新設案/「テロ等準備罪」 国会に提出検討
という見出しの記事を掲載した(紙面)。それ以来、新聞各紙も同様の報道を続け、この問題に関する社説を掲載する新聞も複数出ている。
朝日新聞の報道によると、安倍晋三政権は、組織犯罪処罰法を改正し、「組織的犯罪集団に係る実行準備行為を伴う犯罪遂行の計画罪」(テロ等組織犯罪準備罪)を新設。適用対象を「組織的犯罪集団」に限定し、「共謀」を「2人以上で計画」と置き換えたり、計画した誰かが「犯罪の実行のための資金または物品の取得その他の準備行為」を行うことを構成要件に加えたりした法改正案を、「4年後に東京五輪・パラリンピックを控える中、世界で相次ぐテロ対策の一環として位置づけ」「参院選で自民党が大勝した政治状況も踏まえ、(臨時国会への)提出を検討する」という。
しかし、菅義偉官房長官は9月16日の閣議後の記者会見で、26日召集の臨時国会の提出法案に、「テロ等組織犯罪準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案が入っていないことを明らかにしたうえで、「国際組織犯罪防止条約を締結し、国際社会と協調しながら組織犯罪と戦うのは重要な課題だ。条約の締結にともなう法整備は進めていく必要がある」と述べたと報道されている。
また9月29日には、安倍首相が臨時国会の所信表明演説に対する参議院本会議での各党代表質問において、2020年の東京五輪・パラリンピックを視野に入れたテロ対策として、「共謀罪」に関する国内法整備を求めている国際組織犯罪防止条約について、「国際社会と協力してテロ組織による犯罪と戦うことは、極めて重要な課題だ」と述べ、早期締結に意欲を示したとも報道されている。
13年暮れに特定秘密保護法が成立した後、国会が召集される前になると、その上程が取りざたされてきた共謀罪法案は、今回も国会への上程が見送られたが、先述した国際情勢や、政府がこの法案を東京オリンピックのテロ対策と位置づけようとしていることからすれば、17年の通常国会に法案が上程される可能性は、極めて高いと考えられる。
共謀罪法案の最大の問題は何か。それは、犯罪の合意(「共謀」。報道されている新法案においては、これを「計画」と言い換えようとしている)だけで犯罪が成立するため、いかなる場合に合意が成立したのかが極めてあいまいになり、捜査機関、特に警察による恣意的な運用によって、市民運動や労働組合などに対する弾圧に利用されるおそれがあるという点にある。
これまでの共謀罪法案(政府案)においては、法定刑が長期4年以上のすべての犯罪について、団体の活動として、当該行為を実行するため、組織により行われるものの遂行を共謀したことだけで、直ちに犯罪が成立するとされていた。
国連条約5条は、締約国に対し、「重大な犯罪」のすべてに共謀罪(英米法系のコンスピラシー)か参加罪(大陸法系の犯罪組織への参加罪)のいずれかを創設することを求めている。重大な犯罪は法定刑の長期4年以上の犯罪と定められていることから、我が国でこれをそのまま適用した場合には、実に600以上もの共謀罪が創設されることになる。
我が国では、法律上保護されるべき利益(保護法益)を侵害した既遂犯を処罰するのが原則で、結果が発生しなかった未遂犯を処罰するのはあくまでも例外である。特に、準備段階から予備罪・準備罪として処罰するのは例外であり、それは重大な犯罪である約50罪に限定される。陰謀罪・共謀罪に至っては更に例外的で、重大な犯罪(刑法で言えば内乱罪など)である23罪に限定されている。
法定刑が長期4年以上の600以上もの犯罪について、その一つ一つについての立法事実を個別に検討することなく、自動的に共謀罪を新設することは、こうした日本の法体系に反するものと言わざるを得ない。
しかも、犯罪を行うことの合意の成立だけで処罰するというのは、保護法益に対して何ら具体的・現実的な危険が発生していない段階でこれを処罰しようというのであるから、通常は共謀が密室で誰も知らないところで行われることを考えると、合意の成立を認定することは極めて困難であろう。それゆえ、捜査機関、とりわけ警察による恣意的な運用を招く恐れがあり、えん罪を生む危険性が大きいと考えられるのである。
報道によると、「共謀」を「計画」に言い改め、罪名も「共謀罪」から「テロ等組織犯罪準備罪」に改め、その要件も極めて限定したという。共謀罪法案をめぐるこれまでの経緯をよく知らない市民にすれば、要件が極めて限定されたのだから、捜査機関による恣意的な運用や冤罪の危険性も払拭されたように誤解しても仕方がないかもしれない。
しかしながら、報道されている内容から推測される新法案の内容は、小泉政権下の2006年6月の通常国会閉会時に、衆議院法務委員会の議事録に添付された自民党・公明党による第3次修正案(最終修正案)に近いものであり、ほぼ予想の範囲内のものである。むしろ、それよりも後退している部分さえある。
例えば、「組織的犯罪集団」に限定するという点。当時すでに提案されていたのだが、国会審議の中で法務省の大林宏・刑事局長(当時)は、適法に成立した団体であっても、その性格を変容させて「組織的犯罪集団」となることが明らかにされていた。組織的詐欺罪について、現に最近の最高裁判所の判例は、会社組織が実質的な破綻後にリゾート会員権を販売していた行為について、一部にその認識がない営業員などがいたとしても、詐欺罪に当たる行為が組織により行われたと判断している(最高裁平成27年9月15日第三小法廷決定・刑集第69巻6号 721頁)。とすれば、もともとは適法であった市民運動団体や労働組合について、途中で目的が変質したと判断されないという保証は、どこにもない。
「共謀」を「計画」に言い換えても、合意の成立により犯罪が成立するという点に違いはないと考えられる。いずれにせよ、保護法益に対する具体的・現実的な危険がなんら発生していない段階で、犯罪が成立することになる。
また、「準備行為」を求めた点は、自民党・公明党による第3次修正案(最終修正案)にも取り入れられていた。アメリカの各州にあるコンスピラシー(共謀罪)にある顕示行為(共謀を裏付ける何らかの客観的行為)を取り入れようとするものであるが、アメリカの判例上も、かなり緩やかに肯定されているとされ(亀井源太郎『刑事立法と刑事法学』弘文堂、96頁)、ほとんど限定にはならないと考えられる。
気をつけないといけないことは、「準備行為」は処罰条件(これがなければ処罰することができない要件のこと)に過ぎず、犯罪の成立は合意の成立だけで認められるという点である。その意味で、「テロ等組織犯罪準備罪」という罪名は、あたかも準備行為が犯罪の成立要件(構成要件)であるかのように誤解させる点で妥当ではない。
このようにみると、新法案は装いを新たにしようとしてはいるものの、共謀または計画について、捜査機関による恣意的な運用がなされる恐れがある点や、「組織的犯罪集団」や「準備行為」という新たに付加されようとしている要件も恣意的な運用に対する明確な歯止めとはなりえないという点で、これまで3度国会に上程された共謀罪法案(政府案)と、なんら本質的な違いはないと言わなければならない。
くわえて、新たに600以上もの「テロ等組織犯罪準備罪」を作ろうとしている点においても、なんら変わりがない。
要するに、罪名を変更したり、その要件を多少変更したりしても、共謀罪が持つ本質的な危険性はほとんど払拭されておらず、未遂以前の段階から処罰できるようにして恣意的な運用を可能にするという、「治安立法」としての性格にいささかの変化もないのである。
日本弁護士連合会はこれまで、600以上もの共謀罪を創設する共謀罪法案は、我が国の刑事法の体系に反するとして、その立法に反対する意見書を公表してきた(06年9月14日、及び12年4月13日)。また、新たに上程が検討されていると報じられた法案についても、これに反対する会長声明を出している(16年8月31日)。
さらに、全国各地の弁護士会においても、
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