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自衛隊に事故があれば一気に9条改憲か

南スーダンPKO派遣は実質的な違憲

伊勢﨑賢治 東京外国語大学大学院「平和構築・紛争予防講座」担当教授

 昨秋の米大統領選ではドナルド・トランプ氏が大方の予想を覆して当選、45代目の大統領となることが決まった。たび重なる問題発言などから国際環境への影響が心配されている。新しい年の安全保障環境や外交問題などを予測する伊勢﨑賢治氏はしかし、米国の軍事戦略にはそれほどの変化はきたさないのではないか、と見る。インタビューに答えた伊勢﨑氏は、国連PKOのために南スーダンに派遣した自衛隊こそ、日本の安全保障政策に深刻な影響を与える恐れがあるとしている。

 安倍政権は、南スーダン派遣の自衛隊に新しい駆けつけ警護任務を付与したが、現地はすでに内戦状態で、派遣自体が憲法9条違反の疑いが強い。住民保護という国連PKOの主なマンデート(委任された権限)から見て、自衛隊が戦闘に巻き込まれる危険性がかつてないほど高まっている。軍法を持たない自衛隊が地元住民を相手に事故を起こした場合、予測のつかない国際問題に発展する恐れもあるが、政府は、9条改憲のためにその事態をひそかに狙っているのではないか。何度も戦火をくぐってきた伊勢﨑氏の予測は、鋭く本質を突いている。

― トランプ氏が次期米大統領に就任することにより、国際情勢はどのように動くと思われますか。

伊勢﨑賢治氏
伊勢﨑 大統領選の大勢が決まった日の朝、防衛省で、米陸軍と米海兵隊の二人の将校と一緒にいたのですが、やっぱり「オー・マイ・ゴッド」みたいな感じでしたね。果たして彼が最高司令官でいいのか、みたいな受け止め方でしたね。米国の場合、本当の意味の最高司令官ですから、そういう受け止め方が素直な気持ちなのでしょう。

 しかし、政権が変わろうと現場の人間は変わりません。軍組織は官僚組織中の官僚組織ですから、政権が変わろうとそれなりのことをしなくてはいけないわけです。つまり、基本的に司令官などはそのままなんです。だから、選挙期間中にトランプ氏はいろいろと言っていたけど、いったん政権についたらコンセンサスを取って政策を進めなくてはいけないわけです。

 やっぱり、軍事戦略上、歴史的な教訓があるわけで、米国とNATOがアフガニスタンにピーク時は20万人ぐらい入れて戦ったわけだけど、ああいう戦い方はもうしないというのが我々の常識で、それは広く共有されています。だから、基本的な戦略というのはそんなにがらっとは変わらない。特に対テロリストの戦いをどうするかっていう部分ではオバマ政権と180度変わることはない。

 つまり、どちらかというと友軍支援ですね。地元の人に戦っていただくという、そういう戦い方ですよね。アフガニスタンから主力戦力が引いてから、米軍は約1万人置いていますけど、これは残留部隊、いわゆる訓練部隊であり、なおかつ特殊部隊を支援するための部隊です。あと、空軍力を使うだけであって、大量の歩兵を異国の地で消耗させるという戦い方はもうしないですね。

 あとは、中国に対するリバランスは少し変わってくるかもしれませんけれども、米軍人がショックを受けつつも冷静に受けとめているように、日本の官僚、防衛省の諸君も同じような冷静な気持ちを持ってほしいと思います。

― 極端な話、例えばシリアやイラクに地上軍を派遣するとか、そういう恐れは考えられませんか。

伊勢﨑 だから、規模ですよね。10年以上にわたって歩兵を消耗し続けたわけです。そういうことは考えられない、ということです。これは異常な戦争だったわけです。こういう戦争は戦略的にも経済的にも政治的にもサステイナブル(持続可能)ではないということがわかって、そのことは米軍部にも大きな軍事的な教訓として残っています。それを繰り返すのであれば、ほとんど狂ったような状況です。米国内的にも。そういうことを恐れてみても仕方ないのです。

もともと停戦状態はない 自衛隊派遣自体おかしい

― 安倍政権が安保関連法制において自衛隊に対して任務拡大を行い、まず最初に南スーダンへの派遣自衛隊に駆けつけ警護任務を与えました。南スーダンの情勢を見ると、2016年7月に大統領派と前副大統領派の大規模な衝突があって、PKO参加5原則の一番最初に掲げられた停戦合意が破られたと考えられます。南スーダンの情勢次第では、派遣された自衛隊員や日本の外交は相当の危機に陥るのではないでしょうか。

伊勢﨑 停戦合意が破られたという見方は、正しくないですね。停戦合意そのものがなかったわけですから。停戦合意をさせるために周辺国や国連はずっとネゴシエートしてきて、やっと第三国で調印されたのです。それを実行しようとして、外国に出ていたマシャル前副大統領がやっと帰ってきて、キール大統領と二人で共同声明を出してこれから履行しようという時にドンパチが始まったという馬鹿みたいな状況のわけです。だから、実は停戦状態はなかったわけで、そもそも自衛隊を送ること自体がおかしいわけです。

 南スーダンが建国された時、つまり2011年には内戦は顕在化してなかったわけです。緊張関係があるとしたら、スーダンとの戦争です。まだ内戦にはなっていなかった。あの時の南スーダンへの国連PKOのマンデートは、東ティモール型みたいな国づくり、国づくり支援の型だった。だから、お気軽だったんですね。だけど、どんどんどんどん、内戦化して、国連のマンデート自体が住民保護になっていったわけです。だから、建国当時に自衛隊を出した民主党に罪はない。

― そうですね。

伊勢﨑 ところが、罪があるんですね。なぜかというと、国連の当初のミッションのマンデートが何であれ、状況が変化すればマンデートは変化するからです。1992年にPKO協力法が成立して自衛隊が初めてカンボジアに派遣されましたが、国連PKOの役割は南スーダンへの派遣までに様変わりしてしまったのです。

 昔は停戦合意が破られ内戦になったら、PKOは引いてきちゃった。しかし、1994年にルワンダの虐殺がありました。PKO部隊の目の前で停戦合意が破られ、住民同士の殺し合いになったのです。この虐殺を前にしてPKOは撤退して100日間で約100万人が死亡、国連に対する批判が高まったのです。この事態を受けて、住民を保護する責任がPKOにはあるのではないか、という議論が強くなり、99年に当時のコフィ・アナン国連事務総長が、任務遂行に必要ならPKOが紛争の当事者となって、まさに交戦することを明確にする告知書を出したわけです。

 つまり、住民の保護が必要な事態になったら、国連はもはや引かないっていうPKOの常識が、日本では知られていないのです。民主党政権はそれを見誤って自衛隊を出し続けました。南スーダンの状況が悪化、PKOのマンデートの変化がどんどん議論されていっている時に、民主党政権が敏感に反応して、これはもう日本の自衛隊の国内法やPKO5原則ではやっていけないということに気づくべきだったのです。国連PKOはもう内戦から逃げないのですから。

 これは、当時の民主党政権の責任だけではなく、外務省、特に国連代表部、そして当時のメディアも含めて、組織的なサボタージュだと思う。アナンの告知書は、国際人道法を遵守せよと書いてある。この国際人道法とは戦時国際法であって、これは紛争における非人道性を排除するために紛争の当事者たちに守らせるルールです。それが交戦規定なんですね。だから、国際人道法を遵守するというのは、自動的に国連PKOが紛争の当事者になるという意味なのです。

― 住民保護のために積極的に介入するという1999年の国連事務総長の告知書以後、2013年には、南スーダンの南隣のコンゴ民主共和国(旧ザイール)において、安保理決議で「介入旅団」が創設されました。伊勢﨑さんはしばしば指摘されていますが、コンゴ民主共和国のPKOのROE(交戦規則)には交戦対象として、ゲリラだけじゃなく国民や政府、警察も入っているということですね。

伊勢﨑 そうです。入っています。大変な話です。そもそも、ある国連加盟国が他国を侵略したということであれば、これは国連全体としてやっつけるんですよ。それが国連の従来の姿勢ですから。しかし、自国の住民をいじめている状況で国際社会が制裁を加えるというのがコンゴ民主共和国における事態です。だったら、中国のチベット問題はどうなのかっていう話になってくるわけですよね。内政不干渉の原則があるわけですが、脆弱国家であれば、放っておかないというふうになってきているわけです。

― そうしますと、このPKOマンデートの下では、自衛隊の派遣自体がすでに9条違反すれすれのところにあるんじゃないかということですね。

伊勢﨑 もう完全に。だって、国連が紛争の当時者になるって言っているんだから。そこに参加させるということは、既に交戦主体になるっていうことを前提としなきゃいけないわけなので、憲法違反も甚だしい。

― そして、南スーダンでは、これが現実化する恐れが非常にあるわけですよね。

伊勢﨑 もう現実化していますよ。だって、国際法の考え方では、現在すでに交戦している状態ですから。

自衛隊は多国籍軍と一体 軍法持たず極めて危険

南スーダンの首都ジュバに到着した陸上自衛隊=2016年11月21日、渡辺丘撮影
― つまり、他国のPKO軍が交戦している。ということは、当然、自衛隊もその中に入っているから交戦しているという理解ですね。

伊勢﨑 そうです。国際法的に見たら、自衛隊は多国籍軍と一体化していますので。つまり、敵からどう見えるかという話ですから。それに自衛隊は別に白いつなぎの服を着て、赤いヘルメットをかぶっているわけじゃないわけで、戦闘服を着ています。国際人道法上、戦闘員としての識別義務です。それで、国連の腕章をつけていれば国連の指揮下にあるわけですから。これはパキスタン軍でもグアテマラ軍でも南アフリカ軍でも同じ格好をしているわけです。それで一番重要なのは、国連の指揮下にあるということです。じゃなかったら、日本政府は単独で南スーダン政府と地位協定を結ばなければいけないでしょう。

 国連地位協定があって、国連が一括して南スーダン側に本当の特権を認めさせているわけです。つまり、公務内、公務外、何をやっても治外法権になるわけです。普通の地位協定でもあり得ないことです。国連だからできることで、最大限の、外交特権に近いものを兵士に与えているわけです。何をやっても現地法からの訴追免除となります。大変な恩恵を与えているわけです。それを担保にして指揮権を発動しているのが多国籍軍です。この指揮権を国連が持ち、自衛隊はその指揮下にあります。だから、自衛隊は戦闘服を着て、国連のバッジをつけるわけです。

― 16年の2月に、避難民の国連施設内で民族間の紛争が起きて、政府軍の一部がその襲撃に加わったと報道されています。住民保護という最優先マンデートと自衛隊の駆けつけ警護任務とを考え合わせれば、このようなケースでは自衛隊と政府軍が銃火を交えるようなことも考えられるのではないですか。

伊勢﨑 いや、運用としては99%それはありません。自衛隊は施設部隊ですから、基本的に自分たちを守るので精いっぱいです。だから、警護部隊は小さいわけです。自衛隊は国連の指揮下にあるわけですから、国連司令部がまともな頭を持っていれば、施設部隊に歩兵部隊の任務をさせるわけがありません。友軍支援とか住民保護などという歩兵部隊の本隊業務をやらせるわけがありません。ましてや日本の自衛隊がどういうものかっていうのは指揮官はわかっていますから、もしそこで軍事上の業務過失を犯した時には大変なことになるということは理解しているわけです。

 日本には軍法がないのです。つまり、もし自衛隊が地元の民間人を殺してしまったら、どうやって地元社会に言い訳をするんですか。これは自衛隊を馬鹿にするわけではありません。でも、このことは言わざるをえない。軍法を持たない自衛隊ははっきり言ってお荷物なのです。

囲まれる事態が最も恐い 制服を脱いだ兵士は住民

― 施設部隊の自衛隊には歩兵部隊のような任務はないとしても、現在の南スーダンにはあまりに危険があり過ぎるのではないでしょうか。

伊勢﨑 ルワンダの虐殺以降、国際世論は住民保護を強く求めています。住民を守るためになぜ武力行使をしなかったのか、ということが国際世論の大勢なのです。これはもう変わりません。その中で、

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