メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

座談会「メディアのいま、未来」

デジタル、新技術に挑んでこそジャーナリズムの価値が高まる

瀬尾傑(講談社)・中嶋太一(NHK)・愛宕康志(テレビ朝日)・八田亮一(日経新聞)・堀江隆(朝日新聞)・山腰修三(司会)

 スマートフォンとソーシャルメディアが急速に普及し、メディアをめぐる環境は大きく変化しています。新聞、テレビ、出版といった従来型メディアは、こうした時代にどう向き合うのか、そうした変化の中、どのようなジャーナリズムを追求していくのか。メディアの中で、デジタルや新技術の戦略を担い、また新分野で成長を模索するみなさんにお集まりいただき、メディアのいまと未来を語り合っていただきました。

座談会で議論する参加者=朝日新聞東京本社(吉永考宏撮影)

各社の新たな取り組み

山腰 2016年は、トランプ現象に見られるようなポピュリズムとニュースの信頼性がリンクする形で、改めてメディアの存在が問われた年でした。ソーシャルメディアの普及で、メディアやジャーナリズムを取り巻く世界が大きく変化していく中で、各社がどんな取り組みをされているかうかがいたいと思います。まず、講談社の瀬尾さんにうかがいます。雑誌、書籍、新聞など印刷メディアは営業的には下降線をたどっていますが、印刷メディアの現状をどうお考えですか。

瀬尾傑・講談社第一事業戦略部長兼「現代ビジネス」GM(吉永考宏撮影)
瀬尾 書籍や雑誌は全体的にいえば縮小傾向は否めません。ただ、その中でヒット作が出ています。特に、講談社の『住友銀行秘史』、新潮社の『バブル 日本迷走の原点』のような硬い経済ノンフィクションが売れたことが目につきました。雑誌は、「週刊文春」が「センテンススプリング」で話題になったり、「フライデー」も某芸能人の記事が話題になったりしました。スクープの発信拠点、独自取材の拠点としての役割を果たし、存在感を発揮していると思います。

「編集局」を「事業局」に大改革―講談社

山腰 講談社は2015年春に大胆な社内改革を断行されたと聞いていますが、その狙いと今後の戦略は。

瀬尾 70年ぶりに大きな改革をしました。それまであった「編集局」という名前を外し、「事業局」に変えました。編集、販売、広告の三つに分かれていた機能をばらして、コンテンツ中心に再編しました。私のいる第一事業局はニュース系あるいはノンフィクション系です。雑誌では「週刊現代」「フライデー」、書籍ではノンフィクションや学術書など、そして「現代ビジネス」「クーリエ・ジャポン」のようなデジタルニュース媒体です。第二事業局は女性誌や生活書などです。それぞれに、販売、広告の機能を付け、コンテンツをいかに広めビジネスにするか、速やかに判断できる体制にしようという狙いです。書籍や雑誌はまだまだ売れる分野で、新しいライターや作家を発掘する役割が社会から求められていると思っています。
 一方、新しいフロンティアはグローバルとデジタルです。これは表裏一体でデジタル化によって海外での販路は広がります。16年には米国アマゾンのコミックランキングで『進撃の巨人』が1位から20位をほぼ独占したこともあります。17年春には『攻殻機動隊』がハリウッドで実写映画化され、これも話題になるでしょう。デジタル化で海外でもかなりマーケットが広がりました。

「現代ビジネス」の収益、9割広告―講談社

山腰 お話に出た「現代ビジネス」は瀬尾さんが責任者となって2010年1月に創刊されました。現状は。

瀬尾 「現代ビジネス」を立ち上げた7年前は、朝日新聞の「論座」、講談社の「月刊現代」がすでに休刊になるなど、総合誌の休刊が相次ぐ時代でした。総合誌は、人を発掘して世に出したり、新しい問題点を発掘したりという雑誌の役割の象徴的存在でしたが、ビジネス的に難しくなっていました。この役割をなくしていいのかといろいろ画策しました。最初は紙メディアを含めて検討したのですが、ちゃんと原稿料を払い、読者に届け、しかも採算性がなければいけない。一番可能性があるデジタルを選びました。
 「現代ビジネス」は一部課金していますが、事実上、無料で見られる広告モデルで、収益も9割ぐらいは広告です。アーカイブを見るには、お金を払ってくださいとお願いしています。理想を言えば、広告と有料課金収入が半々ぐらいになればいいが、まだそこには至っていません。

記事づくりにコスト、電子版は課金前提―日本経済新聞

山腰 日本経済新聞は新聞社の中で先頭を切って電子版をスタートされました。日経電子版の状況はいかがですか。

八田亮一・日本経済新聞社編集局デジタル編集本部メディア戦略部長(吉永考宏撮影)八田亮一・日本経済新聞社編集局デジタル編集本部メディア戦略部長(吉永考宏撮影)
八田 「現代ビジネス」は9割が広告、1割が課金というお話ですが、うちは全く逆で、8割が購読料、残りの2割が広告といった感じです。これを始める時、当時の社長(現会長)から一言だけ言われたのは「タダはダメ」ということでした。記事をつくるには、取材し、ファクトチェックし、編集もする。膨大なコストがかかる。コンテンツにかかった制作コストの一部を読者にもご負担いただきたいという哲学です。ビジネスモデルの観点からも広告だけでは難しい。お金を払っていただいている読者が50万人ぐらいで、お金は払っていないけど登録をしている方が280万人ぐらいです。

「メディアラボ」で新事業に挑戦―朝日新聞

山腰 朝日新聞にはメディアラボという部署がありますが、できた経緯とその狙いは。

堀江隆・朝日新聞社メディアラボ室長(吉永考宏撮影)堀江隆・朝日新聞社メディアラボ室長(吉永考宏撮影)
堀江 激変するメディア環境に立ち向かう新組織として2013年6月に発足しました。「新聞業とはこういうもの」という既成概念にとらわれず、新しい商品やビジネスの開発を目指しています。発足当初は6人でしたが、今は40人近くになっています。様々な部門から集まっていることが特徴で、私のように編集出身のメンバーに加え、技術職、広告や販売などビジネス部門出身者がそれぞれ3分の1です。「朝日自分史」事業や、クラウドファンディング事業「A-port(エーポート)」、新聞記事を読み上げるスマートフォンアプリ「アルキキ」など新規事業を立ち上げたほか、積極的にベンチャー企業への出資も行っています。
 新聞業のビジネスモデルは、コンテンツの制作、発行、配達までを通して押さえるところが一番の強みだったと思いますが、それが立ち行かなくなっていることは明らかです。朝日新聞は売り上げの85%を新聞業に頼っています。その「モノカルチャー」を転換するため、新しい「作物」を育てようというのが、メディアラボができた理由です。当時、一番鮮烈に言われたのが、「朝日新聞のDNAを断ち切る」という言葉でした。
 メディアラボが最初に取り組んだのが、社内の新規事業コンテスト「START UP!(スタートアップ)」の実施でした。夏までに社員から提案を募り、書類選考による1次審査を通過した10件が専門家の指導のもとブラッシュアップして1月の2次審査に進みます。そして優秀提案に選ばれた提案者がメディアラボに異動する仕組みです。最近は若手の提案が目立ち、部門横断チームを作って提案する動きもあり、頼もしく思っています。

山腰 収益への貢献は。

堀江 人件費を除くと黒字が見えてきた事業もあるといったところです。収益ベースではまだまだ貢献していないと思っております。

CM以外の収益部門を統合―テレビ朝日

山腰 テレビ朝日はスポーツやドラマなどが好調だと思いますが、現状はいかがでしょうか。

愛宕康志・テレビ朝日総合ビジネス局ビジネス戦略部長(吉永考宏撮影)愛宕康志・テレビ朝日総合ビジネス局ビジネス戦略部長(吉永考宏撮影)
愛宕 視聴率は、トップは日本テレビで、民放では第2位というところです。2012年には1位になったこともあるので、そこをもう一度取れるよう頑張るのが第一です。視聴率的にはそういう状況で、昨今は市況もそう悪くないので、営業収入のほうも活発な状況にあります。

山腰 テレビ朝日は2014年7月にコンテンツビジネス局と事業局が統合して、愛宕さんのおられる総合ビジネス局が発足したとうかがっています。総合ビジネス局の組織と役割はどのようなことでしょうか。

愛宕 テレビの収入の基本はコマーシャル収入です。これは営業局が担います。それ以外の収入では、書籍やDVDを作ったり、番組を海外に売ったり、イベントを行ったり、さらに今一番活況なインターネットでの動画配信もあります。総合編成局が担当する映画事業を除き、ビジネスを全般的にやっているのが総合ビジネス局です。いろいろな部署が、総合ビジネス局という形で一緒になったことは非常によかったと思っています。例えば、イベントがあると会場での物販が収入の大きな要素になるので、同じ局であれば、よい連携がとれます。

テレビとネットの融合へ取り組み―NHK

山腰 NHKはビジネスからは少し離れたところで、新しい技術の活用などを模索されていると思います。

中嶋太一・NHK報道局編集主幹・ニュース制作センター長(吉永考宏撮影)中嶋太一・NHK報道局編集主幹・ニュース制作センター長(吉永考宏撮影)
中嶋 主にテレビメディアとしてやってきましたが、将来は放送だけじゃなく様々な手段で、ニュースや番組を人々に送り届けていくようになるだろうし、それを目指していきたいと思っています。最大のものがデジタルで、テレビとネットが融合することによって、スマホを持っていればいつでもどこでも見ることができるようになると個人的には思っています。例えば電車に乗っていて、地震とか大きなニュースが発生した時、家まで帰らなくても、その場で放送を見られることが求められていくでしょう。同時に、ネット上にテレビで放送したデータが蓄積されていきます。見落とした番組を後からでも視聴することができるようになることも期待されるでしょう。ソーシャルメディアの活用も重要です。特に若い人がテレビを見なくなっているといわれています。そういう層にわれわれが取材・制作したコンテンツをどう届けていくのかがこれから考えていきたいテーマです。
 もう一つ、力を入れているのは、4K、8Kという高精細の映像です。今まで4K、8Kが紅葉や海を美しく見せることができるのは分かっていました。それが最近、ニュース番組でも、たとえば、沖縄のサンゴの白化の問題を取材した場合に普通の2Kカメラで撮ると全体的に白く映ってすべて死滅しているように見えるのですが、4Kで撮るとサンゴの一部の触手が動いていて、専門家が見るとそれはまだ再生する可能性があるというような「新たな真実」を映し出せることが分かってきた。
 50年以上前の東京オリンピックと同様に、2020年の東京オリンピック・パラリンピックが、メディアの大変革期になるのではないかと感じています。

山腰 公共メディアとして災害報道が重要な柱だと思います。どのようなことに取り組まれていますか。

中嶋 2011年の東日本大震災を教訓に、災害報道(「減災報道」と呼んでいますが)を見直しており、津波の伝え方とか画面の表記とかを改善しています。
 「ソーシャルリスニングチーム」というチームを作っていて、100人ぐらいが交代で一日中デジタルの情報を見続け、物事の発生とかネット上の様々な動きをつかみ取って、速報につなげていくことをやっています。そこで得た情報が実際の出稿に結びついたケースはものすごく多いですね。
 昨年6月にニュース・防災アプリというのをリリースしました。NHKのニュースや防災に関する情報が入っていて、いつでもどこでも見られます。もう一つ、新しい取り組みとして、これまで災害が起きた時、マスに向かって情報を出してきましたが、最近は、「自分にとって」とか「地域にとって」の情報を求める動きが出てきた。これからはパーソナライズされた情報をいかに出していくかも新たな課題です。

山腰 朝日新聞のメディアラボは、新たな技術への取り組みをされていますか。

堀江 AR(拡張現実)では、紙面にスマホをかざすと動画や音声などデジタルコンテンツを楽しめるアプリ「朝日コネクト」を開発し、日曜別刷り「GLOBE(グローブ)」などで活用しています。VR(仮想現実)と自然言語処理の取り組みも進めています。
 自然言語処理については、

・・・ログインして読む
(残り:約13492文字/本文:約18221文字)