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深刻化する甲状腺がんの多発

許されぬ政府の帰還政策

崎山比早子 医学博士、高木学校メンバー

 福島原発事故から7年目になろうとしているが、事故現場は相変わらず不安定で大きな危険性をはらんでおり、避難した住民をその近くに戻そうとするのは狂気の沙汰としか言いようがない。平穏を取り戻したかに見える日常は一皮めくると何やら理不尽で説明のつかない大きな流れに押し流されているように思える。

 誰が考えてもおかしい、これは絶対にやめるべきだと思われるのが避難区域の除染である。除染と言っても放射性物質は消すことができないので、フレコンバッグと言われる袋に詰めてどこかに山積みにするとか埋めるとかする移染である。袋は3年足らずで破れたり中から草木が芽を出したりしている。

 このいわゆる除染作業には外部被ばくと内部被ばくの両方の危険を伴う。環境省によると、この除染作業に従事した人は2016年3月末までに延べ1千万人にのぼり、集めた放射性廃棄物の総量は640万立方メートルに達している。投入している費用は数兆円、それでも放射線レベルを公衆の被ばく線量限度である年間1ミリシーベルト(mSv)まで下げることは不可能なので、政府は福島県に限って線量限度を年間20mSvまで上げてしまった。

 また、効果が定かでない政策に税金を惜しげもなくつぎ込んでいる半面、避難した住民に対する住宅の支援は打ち切るという。経済的な締め付けを受ければ、被ばく線量が増加するとわかってはいても、やむなく帰還せざるを得ない人も出てくるであろう。

 放射線のエネルギーは大きいので、たとえわずかであってもそれなりの影響は免れない。誰にとっても、特に年少者にとって被ばくは少なければ少ないほどいい。健康を第一に考えるならば事故直後の緊急時に被ばくさせられた線量以上に追加で受ける被ばくは避けるに越したことはない。低線量放射線被ばくの影響は時間経過とともに明らかになる可能性が高いので、それが明らかになってから対策をとっても遅い、そうなる前の防護が重要なのだ。

 しかし、小児甲状腺がんはすでに多発している。事故後早い時期の被ばくが関係している可能性は否定できないだろう。原発事故は、甲状腺に特に集積する放射性ヨウ素をまず大量に放出するので、大人に比べて放射線感受性が高い子どもに、甲状腺がんが顕著に検出されやすい。甲状腺がん以外についても、長期にわたる他の被ばくの影響は識別しにくいというだけで、さらに深刻な可能性がある。

 チェルノブイリ事故による被ばくによって引き起こされた疾病には、がんを含めいろいろあることは先日逝去されたロシアの科学者アレクセイ・V・ヤブロコフ氏らの著書『調査報告チェルノブイリ被害の全貌』(注1)にも詳しく報告されているが、国際放射線防護委員会(ICRP)、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)等の国際機関で正式に因果関係が認められているのは小児甲状腺がんのみである。

 この認識に基づいて福島原発事故後に行われている福島県「県民健康調査」では、事故当時18歳以下であった子どもの甲状腺がん検診を始めた。疫学調査を行うにあたっては、被ばくした調査集団の対照となる同様な規模での非被ばく集団の調査も必要である。しかし、当時、福島県立医科大学放射線医学県民健康管理センター長、福島県民健康調査検討委員会座長を務めていた福島県立医科大学特命教授・副学長であった山下俊一氏は、福島県外の調査をする予算がないので、県内で内部比較をする方針であると述べている。

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 非被ばく集団の発がん率としては被ばくの影響が出る前の時期のデータで替えるという計画で、チェルノブイリ事故によって増加が始まったのは事故後4年であるという認識の下、それ以前の検査結果をベースラインの発症率と考えることとした。

 それ故に1巡目の検査を先行検査と称し、2巡目を本格調査としたのである。これはチェルノブイリ地域での甲状腺がん検診に感度のよい超音波機器が使われ始めたのが事故後4年からであり、それ以前は触診で診断が行われていたこと、触診であっても事故の翌年から甲状腺がんは増加していた事実を無視している。

 山下氏は2013年3月11日に米国メリーランド州ベセスダで行われた米国放射線防護協会第49回年次大会で「福島原子力発電所事故と総合的健康リスク管理」と題して基調講演を行った(注2)。山下氏の示したデータは、11年10月から12年3月までの検査が終わった時点のもので、まだ検査対象者の約10%、3万8114人しか検査を受けていなかったのであるが、悪性ないしその疑いと診断された子どもは10人であり、その内3人が手術によってがんと確定していた。小児甲状腺がんは国立がん研究センターのデータから通常100万人に1人ないし2人、多く見積もっても3人といわれていたため、予期に反した多発であり、この値をベースラインとすることには無理がある。

 そのため山下氏は、検査をしなければ死亡するまで見つからなかったがんを前倒しで見つけた、いわゆる「スクリーニング効果」であるとした。県民健康管理センター甲状腺検査部門で大部分の手術を執刀している鈴木眞一氏も同様な見解であり「高性能超音波機器と専門医を中心とした高い水準での超音波検査が実施されたことによって甲状腺癌発見率は当然増加する」と述べている(注3)。

 1巡目、いわゆる先行検査が終了したのは2014年4月30日であり、県民健康調査検討委員会は「県民健康調査における中間取りまとめ」を16年3月(注4)に発表し、「わが国の地域がん登録で把握されている甲状腺がんの罹患統計などから推定される有病数に比べて数十倍のオーダーで多い甲状腺がんが発見されている」と述べている。しかし一方で、多発の原因としては「放射線の影響とは考えにくい」と評価し、その根拠として、(1)被ばく線量がチェルノブイリ事故と比べて総じて小さいこと、(2)被ばくからがん発見までの期間が概ね1年から4年と短いこと、(3)事故当時5歳以下からの発見はないこと、(4)地域別の発見率に大きな差がないことを挙げている。

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 しかし、この4点については各方面から強い批判を浴びている。

 (1)の被ばく線量については、ある程度の時間が過ぎれば半減期が短い放射性ヨウ素の痕跡がほとんどなくなり、後からの推定では非常に不確かさが大きくなる。今回の事故で甲状腺の被ばく量を測定したのはわずか1080人であり、しかもその測定場所の線量が高く、衣服などについた線量を差し引くと被ばく線量がマイナスになる個人もあり、信頼できるものではなかったことは環境省「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」でも委員から指摘されている(注5)。

 国会事故調査委員会の調査では、チェルノブイリ原発事故後ウクライナでは約13万人、ベラルーシでは約4万人の幼児、青少年の被ばく調査を行っており(注6)、それらに比べて桁違いに少ないことがわかる。しかも、大学の研究者の自主的な測定調査に対し福島県が中止を要請したことも明らかになっている(注6)。したがって初期被ばく線量が低かったとする根拠は薄弱である。

 (2)の潜伏期に関しては1巡目でA1判定(結節や嚢のう胞ほうを認めなかったもの)ないしA2判定(5ミリ以下の結節または20ミリ以下の嚢胞を認めたもの)と診断された子どもが2巡目の検査で悪性ないし悪性疑いと診断された例があることから、潜伏期が言われていたほど長くはないことは明らかである。

表1 福島県民健康調査甲状腺検査結果(2016年12月現在)
 表1にまとめたように2014年4月から行われた2巡目検査で発見された悪性ないし悪性疑いの子どもは68人であったが、そのうち1巡目の判定がA1であったのは31人、A2であったのは31人、B判定(5・1ミリ以上の結節または21ミリ以上の嚢胞を認めたもの)は5人となっている。

 県民健康調査結果の発表は個人情報が漏れないように配慮するとして、悪性ないし悪性疑いと判定された例について前回の検査結果の情報が完全には明らかにされていない。例えば

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