資料と取材で追い詰めた半年間
2017年07月27日
私たちがその事件を最初に報道したのは、昨年8月19日だった。
富山市議会自民党の会長を務め、〝市議会のドン〟と呼ばれた中川勇市議(同年8月30日議員辞職)が、実際には開いていなかった市政報告会の経費を繰り返し請求し、不正に政務活動費(政活費)を受け取っていたというものだ。その後、政活費の水増し請求や印刷代などの架空請求が次々に明らかになり、富山市議14人の「辞職ドミノ」になる。同様の問題は全国の議会に波及した。有力な武器になったのは情報公開制度だ。大量の資料と格闘し、粘り強い取材で「闇」を暴いた記者たち。半年以上に及んだ、政活費報道を報告する。
取材の発端は昨年4月のことで、富山市議会最大会派の自民党が主導し、議員報酬を月10万円引き上げ、月額70万円にするよう市長に求めた。この報酬額は、全国中核市の中で、金沢市などと並んで全国トップクラスの金額となり、市民から批判の声が相次いだのだが、森雅志市長が報酬等審議会に諮問し、わずか9日後に「妥当」とする答申が出た。この間、審議会が開かれたのは2回で、いずれも非公開だった。さらに、答申後の審議会会長へのぶら下がり取材を市の職員が途中で打ち切った。また、議員報酬見直しを求める申し入れ書を議長が市長に手渡す時には、議会事務局が20分あまり前に報道各社に連絡したため、市役所向かいに局舎のあるNHKしか映像を撮れなかった。この強引なやり方に、ニュースデスクの宮城克文(みやきかつふみ)と富山市政担当記者の砂沢智史は、議会と行政による出来レースだと疑った。
宮城らは、あれこれ思案した結果、5月31日、審議会の議事録を情報公開請求した。同時に、議員が何に金を使っているのかを知るため、富山市議会議員全員の過去3年間の政務活動費に関する資料についても情報公開請求をしたのである。
審議会の議事録は3日後に入手した。読み込むと、「報酬の手取り額が少ない」とか、「今後の議員活動に期待を込めて」、さらには「議員の活動が多岐にわたり、高齢者世帯の除雪作業もしているから」などの発言が記録されていた。10万円引き上げの根拠は曖昧(あいまい)で、市民が納得するものではなかった。さらに、審議会の取材を進めると、委員8人中半分の4人が自民党に近い、いわゆる「お手盛り」の人物だったこともわかった。私たちは、これらの事実を夕方の「ニュース6」で報じた。しかし、市議会は6月15日に10万円の引き上げを、自民、公明、民政クラブ(民進党系会派)の賛成で可決してしまう。私たちは、この妥当性や、性急に進められたことについて、森市長に何度も見解を尋ねているが、「制度上、市長はコメントすべきでない」と繰り返すばかりだった。私たちは、議会の暴走を止めるのは市長の役目だという論調でこの問題を一貫して報じている。
政務活動費は、調査や研究などの費用として使えるもので、議員報酬とは別に支給される。富山市議の場合は月15万円だ。なぜ、そんなに金が必要なのだろうか。情報公開により、政務活動費の支出の記録や、領収証の写しを見ることができるのだ。
実は、報酬増額の議案を強硬に採決されたことで、砂沢たちの間には無力感があった。資料が届いたのは、申請から1カ月半後、請求をしていたことを忘れかけていたころだった。手にした資料は領収証など4300枚。この資料を宮城と砂沢の2人で調べ始めた。
チューリップテレビは1990年に開局したTBS系列の民放局で、社長以下従業員73人とローカル局の中でも小規模だ。ニュースと番組を制作する報道制作局は、管理職含めて25人あまり。夕方のニュースに加えて、深夜に15分番組の「ニュース深夜便」を放送している。部を設けず、報道制作局として一体となって、ニュースと番組の取材、制作にあたっている。記者、ディレクター、アナウンサーは皆、取材、撮影、原稿、編集のすべてを行う。宮城はニュースデスクとして、砂沢は取材記者として毎日のローカルニュースを送り出す役割を担っている。そのため資料のチェック作業は毎日、夕方ニュースが終わり、ミーティングと翌日の取材のしこみが終わる夜8時すぎから着手した。私の机の隣にある打ち合わせテーブルには、2人が調べている資料がいつも山積みになっていた。
富山市議会の情報公開請求には、結構費用がかかった。資料のコピー代が1枚10円。全議員の記録3年分を請求したので、15万円程度の費用になる。「もし、放送に結びつかなかったら……」と宮城は不安になったと話す。
「各会派が議会事務局に提出した伝票や領収証には、議員の個人名が書かれていませんでした。会派名で請求され誰が使ったのかわかりません。そこで、添付資料の中から議員を特定できる材料を探しました。同時に、信頼できる情報筋に内々取材しました。そうこうしているうちに有力な情報が入ってきたのです」
宮城がいう〝有力な情報〟とは、「自民党議員が白紙の領収証を使っている」というものや、「虚偽の市政報告会で、配布資料の印刷代を不正取得している」というものだった。その都度、宮城と砂沢は4300枚の資料を何度も見返し、誰のものか確かめた。そして、中川勇市議の疑惑が浮かび上がった。
2人は、添付資料の中から、中川市議の名前が入っていた市政報告会を選び出し、開催場所となっていた市立公民館の使用記録を、今度は教育委員会に対して更に情報公開請求した。すると、それら資料には開催した実績がなかった。疑いは確信に変わった。これを受けて、8月18日に宮城と砂沢が中川市議本人を自宅で直撃取材するとともに、記者やアナウンサー総がかりで関係各所に裏付け取材をかけた。
中川市議は、申請した会場で市政報告会を開いていなかったことを認めたが、当初は「別の場所で行っていて、不正に経費を受け取ったのではない」と主張した。しかし、その「別の場所」に記者たちが取材をかけて、開いていなかったことの裏を取り、架空の領収証であることを突き止めた。
かくして8月19日の「ニュース6」でスクープは放送された。
宮城と砂沢は「取材で確証がとれなかった場合、名誉毀損で訴えられるのではないか」「この取材を更に進めていくと、局に不利益が生じるかもしれない」そんな心配を口にした。「怖い」という気持ちも言葉にした。
私は別の地方局での記者経験もあるが、度合いの違いはあれ、ほとんどのローカル局は議員や役所との付き合いには気を使わなければならない。情報をくれる対象でもあるからだ。時には圧力もかかる。要望を聞きながらも、行き過ぎた要請をどうかわすか。現場のデスクや記者は常に思い悩む。しかし、折り合いをつけながらも、信念を曲げないことが大切だ。
スクープ報道の直後、中川市議が「命をかけて報道に抗議する」という書き置きを残して一時姿をくらました時、砂沢は「もしものことがあったら……」と相当悩み、心配した。
私は、記者やデスクがこうした気持ちを持つのは自然だと思っている。それを乗り越える方法も人によってさまざまだと思う。何のためにこの取材をするのか。不正をただすこと、真実を突き止める取材が、県民、市民、地域住民のためになるという信念に支えられること。取材相手の痛みや悲しみ、喜びを感じながら取材できる記者でいたいといつも思う。
宮城が最近寄稿した文章に「一連の不正を明らかにできたのは、正しいことをしているという自信が怖いという気持ちを上回ったからだ。携わった記者すべてが議会や行政と毅然と相対したからだと思う」と綴っていた。上司として何よりうれしいことだった。
どうして、これだけの調査報道ができたのか。最近よく尋ねられるが、最初はこれほどの展開になるとは、私も部下たちも思っていなかった。この取材は、「市議の月給が一度に10万円も上がるのはおかしい」「議員は何にお金を使っているのか」、そんな記者の素朴な疑問から始まった。ほとんどの市議は最初に不正を否定したが、記者たちは、情報公開請求で得た証拠資料や取材の証言を示して、事実をひとつひとつ明らかにした。いったん可決した月額10万円を引き上げる議員報酬引き上げの条例案が、取り下げになったことは報道の成果かもしれない。
また、この一連の事件の中で、議会事務局と教育委員会が、チューリップテレビが情報公開請求したことを市議に伝えていたことがわかった。行政による情報漏洩は、印刷会社への口裏合わせなど、隠蔽(いんぺい)工作につながっていた。情報公開制度の根幹を揺るがす事態であるにもかかわらず、教育委員会は最初に事実を隠そうとした。記者は、事前にとった証言や、相手の言い訳に対して鋭い質問を返して嘘を暴いた。「知らない」と言えば乗り切れると思っていた市議や役人たちに、綿密な調査と地道な取材で向き合い真実を明らかにした。
もうひとつ、ローカル局にとって大切なことがある。自分たちが取材したニュースを、節目、節目で立ち止まり、特集や番組としてまとめること。そして、それを全国の人たちに見てもらうことである。今回の一連の問題は私たちのキー局であるTBSの「報道特集」や「ニュース23」などで放送され、全国に問題提起された。取材では、キー局の記者の視点や切り口が、この問題を別な角度からとらえ、厚みとなった。キー局の編集長やデスクの協力がなければ、この問題は埋もれてしまったかもしれない。また、系列各局の先輩や仲間が、様々な圧力や雑音を跳ね返していく上で支えてくれた。ローカル局が、権力の監視という最も大事な役目を果たす上で、キー局とネットワークが重要な存在であることは間違いない。
今回の一連の取材を通じて戒めがある。議員による政務活動費をめぐる組織ぐるみの不正は、長く続いてきた。私たちはその実態を今まで見逃してきた。地域のメディアとして反省しなければならない。また、不正の全貌はまだわかっていないし、議会と行政の「馴れ合い」にも、メスを入れ切れていない。議会や行政はどうあるべきか。そして、批判だけにとどまらず、改革の道筋まで提案することが地域のメディアの役割だと思う。
終わりになるが、あらゆる権力を跳ね返して取材を続けられたのは、私たちを支持してくれた地域の住民と全国の視聴者がいたからに他ならない。私たちは御用メディアにはならない。富山県の地域メディアとして、今後も誇りを持って活動したい。
チューリップテレビ取締役報道制作局長
1962年生まれ。85年に青森テレビに入社し、記者、キャスターとして核燃料サイクル施設や整備新幹線問題等を取材した。2000年にチューリップテレビに移り、県政キャップ、報道部長等を経て13年から現職。
◇
中川勇市議の「政活費不正受給」をスクープした8月19日、放送できなかったことがあった。
中川氏は地元の公民館で市政報告会を開き、その都度、資料を配ったことを政活費資料に記載していた。また、伝票にはいずれも富山市内の同じ印刷会社の領収証を添付していた。私は「本当に印刷をしていたのか」という疑いを持ち、その印刷所に取材をかけた。しかし、放送ぎりぎりに実現したインタビューで否定され、その確証がとれなかったのだ。
市議の不正を報道するには、領収証の発行先への裏付け取材は避けられない。しかし、
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