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社会の歪みと対峙するために

自分の背骨を太く鍛える

角幡唯介 ノンフィクション作家、探検家

 この年末、関東学生探検連盟という大学探検部が集まる組織の後期総会があり、そこで講演を頼まれた。講演では探検部自体の思い出や、学生時代から血道をあげていたチベット探検の顛末等について語り、終了後に駅前の居酒屋で懇親会があるというので私も参加することになった。

 酒席では学生たちが部の運営などについて熱心に話し込んでいた。その最中、何のきっかけだか忘れたが、席上にいた某公共放送の記者を志望しているという学生が、ジャーナリズムについて持論めいたものを語りだした。

 「やっぱりジャーナリズムってのは、ファクトチェックとか、何が事実で何が事実でないか見極めることが重要だし……」

 なにぶん酒席の話で彼の言動の正確なところは覚えていないが、まあ、このような趣旨のことを彼は言った。そして、その彼の話を聞いていて、私はいささか違和感をおぼえた。ファクトチェックがジャーナリズムの本義? いやいや、それはちょっと違うでしょと。

 もちろんフェイクニュース全盛のこのご時世だから、ファクトチェックが記者の重要な仕事であるのは論をまたない。正確な事実こそ、ジャーナリズムの活動の武器であり、土台となるのは当たり前の話である。しかし、それはあくまで当たり前の話、ジャーナリズムがジャーナリズムであるための前提の部分の話である。さらに言ってしまえば、そんなものは記者の基本動作にすぎない、ともいえる。要するに言わずもがな。画家にとっての描画の技術にあたるもので、絵画に込められた魂の部分ではない。

 ではジャーナリズムにとっての魂はどこにあるのか。それは当然、どのような取材をするかという部分にかかっているはずである。強大で横暴な見えない力によって封じ込められた事実や声を掘り起こし、社会にはびこる矛盾やねじまがってしまった構造を明らかにすること、それがジャーナリズムの使命である。したがって、ジャーナリズムの根幹は横暴や不正義に対する怒りにあり、その使命を実現するためには権力と対峙する精神が求められる。だから、ジャーナリストというのは反骨者でなくてはならないと私は思う。

 だから、この某公共放送を志望する学生のひと言を聞いたときは、肝心要のそこの認識が私とは明確にずれていると感じた。正直言って、お前はファクトチェックなんかやるために記者になりたいのかと思わずにいられなかった。

 「いや、そうじゃないよ」と私は言った。「ジャーナリズムの仕事はファクトチェックじゃなくて権力と対峙することだろ」

 私がそう言うと、その学生は、ああ、たしかにそう言われればそうかもしれないですね、というようなつぶやきを漏らし、まわりにいた他の学生も、おお、そういう考えもあるのかといったような新たな気づきを得たような顔をしていた。

 もちろん彼のひと言が今の学生気質を代表しているものだと言うつもりは毛頭ない。しかし私はこういう些細なひと言や挙措から得られる直観を大事にもしている。経験上、このような直観から導き出される洞察は案外、的を外していないことが多い。反抗や反逆の気風が若者から失われていると指摘されている昨今、ジャーナリズムとは権力の不正を追及することであるという基本認識さえ忘れ去られつつあるのかもしれないと、ふとそんなことを思った。

〈自分の言葉〉で語ってほしい

 今でこそ私は北極圏を中心に世界の辺境を訪れて本を書くという活動をしているが、2003年から5年間は朝日新聞社で記者として勤務していた。勤務地は富山支局(現在は総局)と埼玉県熊谷市にある北埼玉支局だった。さほど優秀な記者とはいえなかったが、それでも一応、新聞記者やジャーナリストというのがどういう仕事かわかっているつもりだし、その後は作家として何冊かの本も出しているので、言葉で何かを表現することについて自分なりにいろいろと考えているつもりだ。

 その自分の経験から、私にはジャーナリストを希望する学生や若者に対してたったひとつだけ希望することがある。それは、記事を書くときは自分の言葉で語ってほしいということだ。

 自分の言葉で語るというと少しハードルが高いように感じられるかもしれない。実際、記者として報道機関につとめると、自分の言葉で記事を書いたら主観があらわれて客観性が損なわれる(ように見える)ため、自分の言葉で書いたらダメだ、などとデスクから指導されたりする。私も読者は若い記者の意見なんか訊(き)きたくないと上司から明け透けに言われたこともある。だから、ここで言う〈自分の言葉で語る〉という意味は、記事を書くために自分なりに思考し、独自の視点を持つことというぐらいの意味で理解してもらってさしつかえない。

 言葉というのは背骨から生み出されるものである。背骨のない人間から言葉は出てこない。背骨があるからといって必ずしも言葉が出てくるわけではないが、しかし背骨がない人間からは独自の言葉が生み出されることは絶対にない。

 背骨というのは、〈私〉という人間の人格を形成している中枢であり、生来の気質や経験から作り出された過去の総体だ。自分の言葉を持つ、すなわち独自の思考と視点で記事を書くことができるようになるためには、まずはこの過去の総体たる背骨が十分に作り上げられていなければならない。当然のことながら、この背骨というやつはマスコミ塾などに通えば形成されるというお手軽なものではない。入社試験を突破する対策ばかり考えて小手先のテクニックを磨き、それで仮に入社試験を突破しても、そういう記者は小手先ばかり器用になって、かえって背骨はぐにゃぐにゃと溶けてしまっているので、ろくな記者にならないだろう。だからジャーナリズムを志し、しっかりとした記者になりたいなら、小手先を磨くのではなく背骨が太くなるよう努めるべきだと思う。

 じゃあどうやったら背骨を作ることができるのかと訊きたくなるだろうが、そんなことを質問されても答えようがない。そもそも人間の背骨はそれぞれちがう。である以上、背骨を太くする方策は自分で見つける類のもので、何でもかんでもマニュアルに従えばいいというような発想をしてしまっている時点で、その人間に背骨が形成される望みは薄く、記者など志さないほうがいいかもしれないとすら言えるかもしれない。

 そして、もっと言えば、私は背骨のない、すなわち自分の言葉をもたない人間は記者になどなるべきではないと考えている。それまでの人生で背骨が形成され、その背骨ゆえに、私は社会に対してこのような疑問や怒りがあり、それを抑えることができない、だから記者になってこの世の中の不実、不正、歪(ゆが)みを告発したいという已やむに已まれぬ情動を少しでもかかえた人間が記者という職種につくのが、言ってみれば自然の道である。そのような情動の欠片もない人間が記者になっても、なった後に語るべき言葉が見つからず、単なるサラリーマン記者になってしまうのが関の山だろう。

サラリーマン記者は有害

 サラリーマン記者というのは、取材を〈仕事〉〈労務〉と捉え、効率優先でその〈仕事〉を〈処理〉することばかり考え、記者会見などで質問を発することなく、自分の仕事はタイピストとばかりに無言でパチパチとパソコンを打ち込みつづけてデスクに報告するためのメモばかり書いているような連中のことである。

 記者とは公益性の高い職種だ。繰りかえしになるが、記者の職務は隠された事実を掘り起こし、社会の矛盾や権力の嘘八百を暴き出すことで民主主義に奉仕することなのだから、このような隠された事実を掘り出す意志のないタイピスト記者はほとんど職務放棄をしていると言ってもよく、記者の公益性の観点からすれば社会に対して有害な存在だといって過言ではない。

 昨年の加計問題の際の官房長官会見に、このことがよくあらわれていた。官房長官会見はテレビ中継等ですべて公開されるので、もし政権側に欺瞞(ぎまん)があれば、ここで正確な事実にもとづいて長官の言動の矛盾を厳しく追及することでそれを明らかにできるはずである。しかし、会見に出席する各社の政治部記者たちは当たり障りのない、予定調和的な手ぬるい質問ばかり繰りかえし、官房長官の鉄壁と思える答弁を前に諦念し、沈黙を保っていた。途中から東京新聞の記者が目の覚めるような質問をするようになり、それに対して長官が顔色を赤く変え、誰が聞いても無理があるとしか思えない強弁を繰りかえしたことで、ようやくその裏に政権の薄暗い欺瞞がひそんでいることが誰の目にも明らかとなった。だが、それまで記者クラブ側は長官にいいようにあしらわれ、質問しないことでその無能ぶりを天下にさらけ出していたのである。

 このように政権の最高幹部が公の場で質問に応じる官房長官会見は、記者にとっては国家権力側に対峙する数少ない勝負の場である。官房長官会見だけではなく、様々な公的機関の会見にはそういう意味がある。ここで勝負することで、記者はその社会的責務を果たすことができるが、しかし逆に勝負せず、厳しい質問を浴びせない記者は、質問しないことによって当局の隠蔽に加担していることになるのだから、社会にとって有害な存在だといえる。このように ・・・ログインして読む
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筆者

角幡唯介

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ) ノンフィクション作家、探検家

1976年、北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、同大探検部OB。2003年に朝日新聞入社、富山支局員時代にダム排砂のルポ『川の吐息、海のため息』(桂書房)を発表。08年に退職。著書に『極夜行』(文藝春秋)、『漂流』(新潮社)、『探検家の日々本本』(幻冬舎文庫)、『空白の五マイル』(集英社文庫)など。