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ドイツは脱原発を粛々と進め

非炭素化社会の実現へ向かう

熊谷徹 在独ジャーナリスト

 2017年12月31日、ドイツでまた一つ「原子力の火」が消えた。この日の午後、バイエルン州西部のグントレミンゲン原子力発電所の中央管制室で、作業員たちがB号機を停止させ、送電網から切り離した。1984年に運転を開始したB号機は、33年間にわたって同州の企業や家庭に電力を供給した後、その任務を終えた。現在まだ運転中のC号機も、2021年には停止させられる。

 地元の環境団体の関係者は、「運転が止まっても、グントレミンゲン原発の使用済み核燃料は、数万年にわたって放射線を出し続ける。C号機も当分の間運転を続ける。そう考えると、B号機が止まったからといって、シャンペンの栓を抜いて乾杯する気にはなれない」と語った。

あと4年で原発全廃

 グントレミンゲン原発の停止は、ドイツが今から7年前に踏み切った「脱原子力」決定に基づくものだ。連邦政府と連邦議会は、2011年に日本の東京電力・福島第一原子力発電所で発生した炉心溶融事故をきっかけに、22年末までに全原発を停止することを決めた。

 ドイツではすでにシュレーダー政権が02年に、各原子炉の発電量に上限を設定する「脱原子力法」を施行させていたが、全原発を止める期日は特定していなかった。これに対しメルケル首相は「ハイテク大国日本ですら、原発を安全に運転できない」事実に衝撃を受け、原発全廃の期日を特定し、エネルギー転換を大幅に加速させたのだ。

 もともとメルケル氏は原発推進派で、「再生可能エネルギーが普及するまで、原子力は過渡期のエネルギーとして不可欠だ」と主張していた。10年秋には電力業界の意向を受けて原子力法を改正し、原子炉の稼働年数を延長していた。

 だが首相は、11年に福島からの映像を見て、自分の原子力についての考えが楽観的過ぎたことを、国民の前で告白。立場を180度転換して、「反原発派」に鞍替えした。

 ドイツは、世界を驚かせた脱原子力決定から8年目になる今も、原発全廃路線からブレを見せずに、着々とエネルギー転換を進めている。事故の当事国日本が、原子力の使用に固執し、一部の原発の再稼働を続けているのとは、対照的だ。

 福島事故が起きた時、ドイツでは17基の原発が使われていた(そのうちの1基、クリュンメル原発は変圧器のトラブルのために停止していた)。

 メルケル政権は、「原子力エネルギーを使用しながら、国民の安全と健康を守る義務を全うすることは難しい」として、電力会社に対して、1980年以前に運転を開始した7基の原発を即時停止させ、停止中のクリュンメル原発とともに廃炉処分にするよう命じた。

 今年3月の時点では、残りの9基のうち、グントレミンゲンB号機を含め2基が運転を停止した。あとの7基も徐々に運転を取り止め、4年後の大晦日には、この国の原子力時代に終止符が打たれる。

原発は再生エネの1/3

拡大グラフ1 ドイツの再生可能エネルギー(水力を含む)と原子力の発電比率の推移

 ドイツの電力業界の統計機関・エネルギー収支作業部会(AGEB)によると、2011年には原子力の発電比率は17・6%だったが、17年には11・6%に低下している(グラフ1)。メルケル政権は、風力や太陽光などの再生可能エネルギーによって、原子力エネルギーの代替をめざしており、11年以降、助成措置を強化。その結果、11年に20・1%だった再生可能エネルギーの発電比率は、17年には33・1%に増加。原子力の発電比率の3倍に達した。

福島が変えた独電力業界

 さて脱原子力政策は、ドイツの電力業界に大再編をもたらした。かつてドイツでは、「減価償却が終わった原子炉を1日運転すると、約100万ユーロ(1億3千万円・1ユーロ=130円換算)の収益を生む」と言われた。電力会社にとって重要な収益源だった原子力発電が、突然の政府の決定で終焉を迎えることになったのである。このため大手電力4社の原子炉の資産価値は大幅に減少し、11年の各社の業績は大幅に悪化した。同年以降、原発を抱える大手電力4社の株価は、大幅に下落した。多くの投資家が、「原発を抱える電力会社に未来はない」と考えたのだ。

 このため電力会社は、事業の中心を再生可能エネルギーなどの新しいビジネスモデルに置こうとしている。業界トップのエーオンと第2位のRWEは、いずれも16年に会社を分割、再生可能エネルギーなど新規事業を本業の根幹に据えた。両社にとって、創業以来最も大規模なリストラとなった。

 エーオンは火力など伝統的な発電事業を独立した新会社「ユニパー」に任せ、本社は再生可能エネルギーや送配電事業などに特化する。エーオンは当初原子力発電もユニパーに押し付けようとしたが、政府が「電力会社が原子力事業を子会社に分離しても、親会社は原子力事業について最終的な責任を負う」という法律を制定したために、原子力事業を本社に残さざるを得なかった。

 一方RWEは、イノジーという再生可能エネルギーなどに特化する新会社をグループ内に設立。原子力、火力などの伝統的な発電事業は、本社が引き続き担当する。イノジーが16年に株式市場に上場した時には、米国の機関投資家などから買い注文が殺到し、同社をRWEグループの稼ぎ頭にするという経営陣の思惑通りになった。

 イノジーの株価は17年4月末の時点で、大手電力の中で最も高く、ドイツの電力業界で株式時価総額が最大の企業となった。将来イノジーは、RWEグループの収益の80%を生み出す予定だ。イノジーに投資家の人気が集まっている理由は、原子力などの非採算部門を引きずっていない上に、再生可能エネルギーなどの新規分野を事業の根幹に据えているためである。

 ドイツの電力業界では、ビジネスモデルを転換して、再生可能エネルギーに精力を注がない企業には、投資家が関心を持たない。福島事故は、1万キロメートル離れたドイツの電力業界地図を大きく塗り替えたのである。

再生エネ普及で火力の収益性も悪化

 エーオンとRWEが大リストラに踏み切った背景には、もう一つの理由がある。それは、福島事故以降、再生可能エネルギーによる電力が急増したために、火力発電の収益性も悪化したことだ。

 太陽光発電装置の設置が急増したことなどにより、電力の卸売市場に大量のエコ電力が流入し、供給過剰状態が出現した。電力の卸売価格が大幅に下がった。たとえば経済社会の恒常的な電力需要をカバーするベースロードと呼ばれる電力の先物取引価格は、08年から13年までに50%、需要が最も高くなる時のピークロードで、65%も下落した。

 この価格下落のため、褐炭・石炭、天然ガスによる火力発電所の収益性が悪化。特に減価償却が終わっていない、新型の天然ガス発電所では、運転コストすらカバーできない所が現れた。発電すればするほど、損失が膨らむのだ。このためエーオンは数カ所の火力発電所を停止せざるを得なかった。

 13年のエーオンのドイツ国内での発電比率の中では、石炭・褐炭、天然ガスなどの化石燃料が59・5%、原子力が29・2%だった。再生可能エネルギーの発電比率は11・4%と全国平均の半分以下で、そのうち、水力発電を除くいわゆる新エネルギーの比率は、1・1%にすぎなかった。水力発電の収益性も、卸売市場での電力価格の下落によって低下している。つまりエーオンの発電比率の9割近くが、採算性の悪化しつつある部門だった。

 同社のヨハネス・タイセン社長は、14年12月2日の記者会見で「現在の企業構造では、急激に変化する市場に対応できない。これまで通りのやり方を続けていくわけにはいかない」と断言した。同時に「再生可能エネルギーのうち、風力や太陽光はまだ初期段階にあるが、今後急速に伸びると確信している」と述べ、同社の未来は再生可能エネルギーにあるという姿勢を打ち出した。

 日本でいえば、東京電力に相当するトップ企業が、原子力・火力発電から事実上「撤退」し、風力や太陽光発電を基幹事業にしたわけだ。ドイツでは、「原子力発電の時代は終わった」という社会的合意ができているのだ。

中央集権から分散型へ

 かつてドイツの電力市場は、大規模な原発や石炭火力発電所が作った電力を、地域電力供給会社(シュタットヴェルケ)に売り、シュタットヴェルケが一般家庭や企業に売るという、中央集権的な性格が強かった。しかし今後は、風力発電装置や太陽光発電装置が地域社会に電力を供給し、余剰電力を販売するという分散型の電力市場へ向けて進んでいく。個人世帯の太陽光発電装置や蓄電装置を接続して、「仮想発電所」を作る試みも進んでいる。大手電力会社も、電力市場の分散化傾向は押しとどめられないと考えて、そうした電力コミュニティーに技術的アドバイスを行うことによって、料金を稼ぐビジネスを始めている。

 ドイツ人たちは、「物づくりと貿易に依存する世界第4位の経済大国も、自然エネルギーを中心とした電力供給体制への転換が可能だ」というテーゼを、世界中に対して立証しようとしているのだ。

エネルギー転換の莫大なコスト

拡大グラフ2 ドイツの消費者が毎年払う再生可能エネルギー賦課金の総額

 脱原子力と再生可能エネルギー拡大は、ドイツ統一並みに大規模なプロジェクトなので、莫大な費用が必要になる。我々ドイツの電力消費者は、毎月電力を消費するごとに、再生可能エネルギー拡大のための賦課金を支払っている。ドイツの送電事業者テネットによると、この賦課金の総額は2000年からの17年間で27倍に増え、239億8千万ユーロ(3兆1174億円)に達した(グラフ2)。

拡大グラフ3 電力1kW時あたりの再生可能エネルギー賦課金
拡大グラフ4 年間消費電力が3500kW時の標準世帯1カ月の平均電力料金

 ドイツの電力料金は、欧州でもトップクラスだ。欧州連合統計局によると、17年にドイツの個人世帯が電力1kW時あたりに支払った料金は30・5ユーロセントで、デンマークに次いで2番目に高く、フランスの約1・8倍に相当する。その中の再生可能エネルギー賦課金も伸びている(グラフ3)。年間の電力消費量が3500kW時の標準世帯が1年間に払う電力料金は、2000年からの17年間で110%増えた(グラフ4)。17年の電力料金のうち、約56%が、再生可能エネルギー促進のための賦課金や電力税など国が決めた税金である。

 このドイツの電力料金の高さは、消費者団体から批判されている。電力料金は、低所得層にとって大きな負担となる。連邦系統規制庁によると、16年には電力料金滞納のために約33万世帯が電気を一時的に止められた。電力会社から「これ以上滞納すると、電気を止める」と督促状を送られた市民の数は660万人にのぼる。これは日本をはるかに上回る数字である。

 ドイツの電力会社は、顧客の電力料金滞納額が少なくとも100ユーロ(1万3千円)に達し、 ・・・ログインして読む
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筆者

熊谷徹

熊谷徹(くまがい・とおる) 在独ジャーナリスト

1959年、東京都生まれ。82年、早稲田大学政治経済学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはドイツ・ミュンヘンを拠点にジャーナリストとして活動。著書に『ドイツの憂鬱』『新生ドイツの挑戦』(丸善ライブラリー)、『ドイツ病に学べ』(新潮社)、『なぜメルケルは「転向」したのか』『ドイツ中興の祖 ゲアハルト・シュレーダー』(日経BP 社)など。http://www.tkumagai.de