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公務員の「政治化」に問題の根本

専門性を証明する公募制導入を

田中秀明 明治大学公共政策大学院教授

 安倍晋三政権の政治的な安定は評価すべきであるが、他方で政策の立案や執行が問題になっている。加計学園の獣医学部新設、裁量労働規制に関する労働時間調査、森友学園への国有地売却などの問題事案だけではなく、成長戦略、地方創生、1億総活躍、働き方改革など、重要政策が問題の分析や検証が十分になされないまま、次々に入れ替わっている。直近の最たる例は教育無償化だ。一律な無償化はより豊かな者を助けるにもかかわらず、費用対効果の検証もないまま、政治(官邸)主導で導入が決まった。こうした問題の底流にあるのが政治主導の名の下に行われてきた公務員制度改革であり、政と官の均衡が崩れている。公務員制度改革とは政と官の関係を見直すことであり、そのあり方を議論する。

4度目で成立した制度改革

 1990年代以降、霞が関は、業界への天下りや不祥事、省庁の縦割り、官僚主導などで批判されてきたが、改革はなかなか進まなかった。構造改革を旗印にした小泉純一郎政権でさえ、人件費を削減したものの、公務員制度改革には実質的に手をつけなかった。公務員制度改革という歴代の内閣ができなかった改革に果敢に挑戦したのが、第1次安倍政権であった。同政権は、2007年6月、国家公務員法等を改正し、能力実績主義のための新たな人事評価制度、各省による再就職あっせん禁止などの再就職規制の見直しを行った。これに併せて、公務員制度全体のパッケージ改革を検討することも閣議決定した。

 その結果が、08年6月、福田康夫政権で成立した国家公務員制度改革基本法である。同法は、幹部人事の一元化、内閣人事局の設置、幹部候補育成課程の導入などの改革を盛り込んだ。しかも、同法は、当時野党であった民主党の意見を取り入れて原案を修正し、自民・公明・民主などの賛成を得て成立したものである。

 改革はここまでは大きく前進したが、その後、停止してしまった。基本法は改革の枠組みを定めるものであり、実際の改革には、国家公務員法等の改正が必要である。09年3月、麻生太郎政権において、基本法を具体化するための国家公務員法等の改正案が国会に提出されたものの、廃案になった。同年夏の衆議院選挙で政権が交代し、民主党の鳩山由紀夫政権が誕生した。同政権は、10年2月、国家公務員法等の改正案を国会に提出したが、これも結局廃案になった。更に、11年6月、菅直人政権は、国家公務員の労働基本権に関わる改革も盛り込んだ国家公務員制度改革関連4法案を国会に提出したが、これも成立することはなかった。

 こうした中で、12年12月に衆議院選挙が行われて政権が交代し、第2次安倍政権が誕生した。そもそも公務員制度改革を始めた安倍総理にボールが戻った。しかし、政権の発足当初は、政権のアジェンダにはなかった。安倍政権として、公務員制度改革に取り組む姿勢を明確にしたのが、「今後の公務員制度改革について」(13年6月28日、国家公務員制度改革推進本部決定)である。これを受けて、13年11月、関連法案が国会に提出され、14年4月、内閣人事局の新設などを盛り込んだ国家公務員制度改革関連法案が自民・公明・民主などの賛成多数で可決、成立した。

幹部公務員は3大臣協議で任免

 今般の公務員制度改革の目的について、稲田朋美担当大臣(当時)は、国会審議で、「内閣の重要政策に対応した戦略的人材配置を実現して、縦割り行政の弊害を排し、各府省一体となった行政運営を確保するとともに、政府としての総合的人材戦略を確立し、そして、私は、官僚の皆さんが一人一人、自分の仕事に誇りと責任を持って、省のためではなくて国益のために働く、国家国民のために働く、そういう公務員制度改革が急務であるというふうに考えております」(衆議院内閣委員会13年11月22日)と述べている。

 目的は「よし」である。では、どうやって目的を実現するのか。改革の柱となるのは、①幹部公務員の一元管理、②内閣人事局の設置、③内閣総理大臣補佐官・大臣補佐官の3点である。

 鍵となるのが、幹部公務員についての新しい任免システムである。法律では、「幹部職」と規定されているが、事務次官・局長・審議官クラスが対象となる(その下には課長・企画官・課長補佐・係長などがある)。幹部職員となるためには、職務遂行能力をチェックする適格性審査をクリアーしなければならない。クリアーした者は幹部候補者名簿(約600人)に記載される。この名簿の中から、具体的なポストへの任命が行われる。

 国家公務員法上、公務員の任命権者は大臣であるが、任命に際し、事前に総理大臣及び官房長官と協議することになった。また、総理大臣・官房長官は、自ら考える候補者を特定のポストに就けるために、任命権者に協議を求めることができる。従来(1997年以降)、次官や局長などの人事については、内閣の人事検討委員会(正副の官房長官で構成)が審査することになっていた。今般の改革は、これを法的に位置づけるとともに、総理大臣・官房長官・大臣の三者の協議により決定しようとするものである。

 それから、今回新たに規定されたのが、幹部職員の降任である。従来の仕組みでも降任が不可能だったわけではないが、手続きが定められていないため事実上できなかった。当該の幹部職員が他の幹部職員に比べて職務実績が劣っていることなどの条件を満たす場合、職員を、その意に反して、直近下位のポストに降任させることができるようになった。

 そして、これらの幹部職員の一元管理に関する事務、国家公務員制度の企画・立案などの事務を行う組織として、内閣に内閣人事局が新設された。

政治主導の人事の光と影

 政府全体の見地から幹部公務員を一般公務員とは分けて人事管理するのは主要先進国に共通するものであり、今般の改革の方向は正しいが、問題はその方法である。残念ながら、それは、後述するような豪州などの例とは似て非なるものになってしまった。

 幹部職員の任命方法については検討の経緯がある。国家公務員制度改革基本法の具体化を検討したのは、国家公務員制度改革推進本部顧問会議であり、そのワーキング・グループでの検討に筆者も加わった。その報告書(2008年11月)は、「幹部候補者名簿はポストごとに作成する。各ポストに対して2~3倍程度の候補者が掲載されている名簿とし、各人は、複数のポストに候補者として掲載され得ることとする方向で検討すべきである」と提言している。ポストごとに、必要な能力や業績をクリアーした3人程度の候補者をリストに載せて審査し、任命するのが世界標準であるが、数百人規模の候補者名簿から大臣らが幹部職員を選ぶことになれば、大臣らが「あなたは優秀だ」と言えばよく、好き嫌いで幹部職員を選ぶことができる。

 政治主導のために、部下である公務員の人事を総理や大臣が決めるのは当然と思うかもしれない。菅義偉官房長官は、「慣例のみに従って人事はやるべきではない。私は当たり前のことをやっているんです」と述べる(「朝日新聞」17年2月27日)。また、同じ朝日新聞は、13年3月、菅官房長官が、防衛省の金沢博範事務次官を通常国会会期中にもかかわらず、民主党政権から続けていることを理由として異例に交代させたことを報じ、これに対して菅官房長官が「人事は適材適所が基本方針」と述べている。新聞各紙は、内閣人事局の設置以降、女性や民間人の登用、抜擢人事、省庁間交流など、「官邸主導の人事」が行われていることを報道している。

 正確な人事情報に基づき、「適材適所」の人事が常に行われるのであれば問題はない。しかしながら、抜擢人事と恣意的な人事は紙一重であり、適材適所を立証できなければならない。現実には、官邸に異を唱えた者は更迭される事例も見られる。議論した上で内閣の決定に従わないのであれば更迭すべきだが、それを実証できるだろうか。

 学校法人「加計学園」が愛媛県今治市に大学の獣医学部を新設する計画をめぐって、前川喜平・前文部科学事務次官が「現在の文科省は官邸、内閣官房、内閣府といった中枢からの意向、要請について逆らえない状況がある」「できないことをできると言わざるを得ないという状況に追い込まれている」(「朝日新聞」17年5月26日)と述べており、現実には、官邸が人事を握ることで、官僚たちは政治家の顔色をうかがい、忖度に走っているのだ。ただし、官邸が全ての幹部人事に介入しているわけではなく、相変わらずの順送り人事もよく見られる。財務次官や国税庁長官などに関して問題が生じているが、これらも適材適所の人事だったと証明できるのだろうか。

 内閣官房副長官を8年余にわたり務めた古川貞二郎氏は、内閣人事局に関連したインタビューにおいて、「最大の問題は、官僚に対する政治家の恣意的な人事が行われるのではないか、そのおそれが高いという点です」「内閣による一元管理ということですが、内閣というのは果たして神のように全知全能なのでしょうか」と述べている(『時評』14年6月号)。

政治の強い影響受ける霞が関

 内閣人事局が問題だとすれば、従来の制度に戻すべきか。「否」である。確かに、今回の改革による弊害は大きいが、政と官の関係など霞が関の基本的な問題は以前から存在していたからである。

 冒頭に述べた霞が関の問題は、安倍政権に始まったことではなく、政策立案機能や組織のマネジメント能力の低下に起因している。財政、年金、高速道路需要の推計の誤りなどに始まり、旧社会保険庁の消えた年金記録、防衛省の調達汚職、農水省の汚染米、会計検査院により例年指摘される無駄な支出など問題は枚挙にいとまがない。こうした問題の根本的な原因は、公務員の専門性が軽視され、公務員が「政治化」していることである。ここでの政治化とは、与野党の国会議員との濃密な接触から政治的に強い影響を受けていること、公務員や省庁自身が自らの利害を持ち、その追求を図っていること、そして曖昧な政官関係をさす。

 最近の大きな問題としては、福島第一原子力発電所の事故が挙げられる。国会に設置された事故調査委員会は、事故の根源的な原因として、規制当局が規制される東京電力に「虜(とりこ)」にされ、監視・監督機能が失われたことを挙げた。公務員は、1、2年程度で人事異動を繰り返すため、専門性が身につかず、規制される電力会社に頼った。また、経済産業省は安全規制を強化すべきだったが、過去に安全と認めたことと矛盾するため、そうした措置を取らず、組織防衛に走った。

 森友学園への国有地売却に関する決裁文書の書き換え、加計学園の獣医学部設置に係る記録文書、陸上自衛隊の日報など、公文書管理の問題が問われているが、この根源も、公務員の政治化にある。

 本来、公務員は、政治家や利害関係者とのやり取りなど、政策の立案や執行過程を事実に基づき記録するべきであるが、公務員自ら利害を持ち、時には政治家を忖度するので、書き換え、破棄などの行動を取る。公文書管理法などを罰則などで強化すれば、公務員は行政文書をできるだけ残さないようにするだろう。それでは、公文書管理法が規定する「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」という公文書は残らない。公務員の政治化を是正しない限り、本質的な解決にはならない。

 公務員の政治化の根源は、任命プロセスにある。国家公務員法は能力や成績を基準とする「資格任用」の原則を規定するものの、それを担保する仕組みがない。

 戦後成立した国家公務員法は、資格任用を具体化するため、採用時だけではなく昇進においても「競争試験」を原則としていた(国家公務員法第37条に規定されていたが、同条は今般の公務員制度改革で削除された)。当該試験は、1950年に、現役の局長や課長などに対して行われたが、これは公務員の間に不評で、それ以降全く行われなかった。

 霞が関では、公務員は採用試験で競争的に選抜するが、それがその後の昇進も決める。いわゆる「キャリア」と呼ばれる国家公務員採用総合職試験に合格した者は、局長や次官まで上りつめるが、他方、ノンキャリアはひと握りが課長になれるだけである。採用時は能力をチェックするが、その後は、競争試験が行われないため、能力・業績を公平に審査する仕組みがないのだ。その結果、能力のないキャリアと能力のあるノンキャリアが存在する。霞が関の人事は、少ない入省同期の中で長い時間をかけて暗黙に評価する仕組みであり、特に政治家との調整力が重視される。

 また、公務員の任命権は大臣にあり、

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