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AIが社会の「脳」になる日

デジタル化する経済活動の功罪

小林啓倫 経営コンサルタント

 人間は楽をしたがる生き物だ。私たちの経済史は、いかに楽をするかの歴史だったとも言えるだろう。

 楽という表現が好みでなければ、自動化や効率化といった言葉で置き換えても良い。たとえば紀元前2世紀ごろに登場したと言われる水車は、人間が体を動かす代わりに、水の力でさまざまなものを動かしてしまおうという発想だ。また他の生き物を利用してしまおうという発想、つまり家畜の歴史はそれより古く、ウシは紀元前6世紀ごろ、ウマは紀元前4世紀ごろそれぞれ家畜化されたと考えられている。そして18世紀から19世紀にかけて起きた産業革命では、新しい動力や機械の普及によって、経済活動全体の効率性が飛躍的に向上した。

 そんな歴史に新たな1ページが加わろうとしている。AI(人工知能)の活用である。AIはいま、次々と新たな可能性を見出されており、さらなる自動化を実現してくれると期待されている。楽をしたがる私たちが、その可能性を放っておくわけがない。AIは確実に、さまざまな企業やビジネスに導入され、経済全体まで変えていくだろう。

 それでは今後、AIは経済活動にどのような影響を与え、そこにどのような課題が生まれるのだろうか。

顔認証はAIか?

 AIの定義は難しく、それを議論するだけで紙幅が尽きてしまう。そこで本稿では、AIを「データと情報処理技術を活用して、従来は人間しかできなかった知的作業を機械化すること」として大づかみに定義し、技術の仕組みではなくそれが実現するものに注目したい。

 たとえば顔認証技術による入退館管理を考えてみよう。誰かがオフィスに入ろうとすると、その姿を監視カメラが捉え、撮影された映像をコンピューターが解析、登録されている人物の顔と一致すると、ゲートが自動で開くようなイメージだ(こうしたシステムは既に商用化されている)。

 これはAIだろうか? 確かに顔認証には高度な技術が活用されているが、人間の脳に等しい動きをするスーパーコンピューターが裏側につながっているわけではない。あえて見下した言い方をすれば、監視カメラの画像がデータベース内の画像と一致するかどうかを確認している「だけ」である。人工「知能」という言葉から想起されるイメージとは程遠い。

 しかし建物に入ろうとする人物の顔を一瞬で捉え、それが不審者ではないことを判断するという作業は、これまで人間にしかできなかった。それを顔認証では、顔の画像というデータと、それを分析して既存のデータと比較するという情報処理技術を活用することで、機械化しているのである。たとえ裏側の仕組みは人間の脳とかけ離れていたとしても、人間がしていた知的作業を機械が代替していることにかわりない。

 また企業にとっては、それがどんな仕組みで実現されていようと、セキュリティーチェックにかけていた人件費を削減できるという価値が生まれることにかわりない。そのため経済活動の場では、人間の脳を模倣したものかどうかを問わず、人間にしかできなかった知的作業を置き換える機械に「AI」という呼び名が与えられることが多い。前述のような定義を採用したのは、それが理由である。

機械化に四つの領域

図1 AI化の方向性拡大図1 AI化の方向性
 さて、人間の知的作業を機械で代替することを考えた場合、それには二つの方向性が存在する。それは「①経済活動のデジタル化」と「②情報処理の高度化」である(図1参照)。

 「経済活動のデジタル化」とは、これまでアナログで行われていた作業に、デジタル機器が導入されることを意味する。たとえば先ほどの入退館管理の例で、監視カメラがアナログのビデオテープ式だったとしたらどうか。いくら顔認証技術があっても、テープ内に記録されている情報がアナログだったら瞬時に解析することはできない。逆に言えば、この仕組みは監視カメラがデジタル化され、ネットワークに接続されるようになることで、初めて実現されるものとも考えられる。

 かつて経済活動のデジタル化は、OA(オフィスオートメーション)という言葉で代表されるような事務領域に閉じられていた(図1の領域A)。しかし現在、IoT(モノのインターネット)の波が押し寄せたことで、多くの機器がデジタル化・ネットワーク化されるようになっている。その結果、既存の技術(この場合は顔認証)をそうした機器と組み合わせるだけでも、さまざまなAI化が進む可能性がある(図1の領域B)。

 一方で「情報処理の高度化」とは、文字通り情報処理技術が進化することを意味する。それが進むと、機械に人間の作業を単純に置き換えるだけでなく、人間以上の能力を発揮するようになると期待される。

 再び監視カメラの例で言うと、たとえばいま、映像を分析して万引きなどの犯罪行為を未然に防ごうという取り組みが行われている。過去に撮影された万引きの様子を参考データとして与え、そこから人間にはわからないパターンを読み取らせ、リアルタイムで映像と比較することで、不審な行動を瞬時に察知するのである(図1の領域C)。

 この方向性も、今後のAI化の可能性を広げるものだ。人間には難しいというだけの理由で行われていなかった作業が、AI化によって掘り起こされることも考えられる。そして「経済活動のデジタル化」の方向性と組み合わさることで、さらに広い領域でのAI化が進むことになるだろう(図1の領域D)。

ロボットに事務作業をさせる

 それぞれの領域で、具体的にどのようなAI化が行われるのかを考えてみよう。まずは領域Aだ。オフィス内にある既存のデジタル機器を基に、どのような機械化が進むのだろうか。

 実はいま、この領域でひとつのブームが起きている。キーワードは「RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)」である。

 これは「ソフトウェア・ロボット」とも呼ばれる技術で、文字通り、ロボットがPCの前に座って事務作業をするところをイメージしてもらえば良い。ただしこのロボットはそれほど賢くなく、指示された通りにしか作業できない。たとえばAというエクセルファイルを開いて、その内容をBというワードファイルにコピペし、Cさんにアウトルックで送るといった具合だ。

 それを聞いて、マイクロソフトのオフィス製品に用意されている「マクロ」機能を思い出した方もいるかもしれない。そのイメージもある程度まで正解であり、実際にRPAを「巨大なマクロ」などと説明する場合もある。ただマクロとの大きな違いは、複数のアプリケーションにまたがって操作できるという点だ。まさに先ほどの例のように、エクセルを開いてワードで編集し、アウトルックで送信するといったことや、ウェブブラウザを開いて会社内のウェブサービスを操作するといったことまでできる。まさにPCの前に座ったロボットが、マウスとキーボードを操作して作業をこなしていくようなものである。

 近年、こうしたRPA製品の信頼性と機能が向上し、海外金融機関を中心に大掛かりな導入を進める事例が増えてきた。それが国内金融機関等にも波及し、RPAを活用した業務効率化に取り組むとの発表が相次いでいる。

 たとえば損保ジャパン日本興亜は、今年1月から、約100項目の業務にRPAの導入を進めている。対象は本社部門における業務で、その例として、「コールセンターへの入電記録を基にした各種書類作成の自動化」「口座振替依頼書の不備メール配信の自動化」「社宅申請・承認業務の自動化」などがプレスリリース内で挙げられている。

 ここで挙げられているのはいずれも、ルールさえ明確であれば機械的に処理できる作業だ。実はそうした「単純デジタル作業」はまだ企業内に多く残されており、さらなるデジタル化の進展によって、機械化できる作業はむしろ増えつつある(図1の領域B)。またルール化できないと思われていたものが、AI技術によってルールへの置き換えが可能になるという例も出てきている。

 たとえば三井住友海上は今年2月、東大発のスタートアップ企業であるアリスマーと提携し、自動車事故における車体の損傷具合をAIで瞬時に判断するシステムを開発すると発表した。このシステムでは、事前に約50万件の事故画像をAIに与え、画像内における損害のパターンを学習させる。それに基づいて、新たに与えられた画像とそのパターンを比較し、損害状況を把握するというものだ。まさに「査定」という、ルール化が難しいと思われていた知的作業を、画像データと情報処理技術を活用することで、機械でも可能な作業に置き換えたわけだ。

 ちなみに、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授らが2013年に発表した論文「雇用の未来(The Future of Employment)」は、702の職業を対象に、「それぞれの職業が将来コンピューター化される確率」を掲載していたことで話題を集めた。その中で「自動車事故の査定業務」は、コンピューター化される確率が98%であり、確率が高い順に並べた場合に第18位にランクインしていた。他にこの確率が高い仕事には、スポーツの審判やレストランの料理人など、少し意外に感じられるものが含まれている。しかし事故査定と同様に、デジタル化とAI技術の発展は、これらの仕事も単純なデジタル作業の組み合わせであることを明らかにするかもしれない。

 事実、富士通は3Dセンサーを使って体操選手の動きを捉える技術を開発しており、データをAIで解析することで、採点への応用も可能としている。彼らはこのシステムを2020年までに実用化することを目指しており、東京オリンピックでは「AI審判」を目にできるかもしれない 。

人間を超える経済活動

 それでは、情報処理の高度化という方向性についてはどうだろうか。

 先ほど損害査定をAIで置き換えるという例を紹介したが、これは確かに高度なAIが活用されているものの、人間でもできるタスクを機械で代替したという点では領域Aに留まるものだった。しかし前述の事前犯罪検知のように、従来の仕組みの中で、人間を超えた能力を発揮するAIが登場している。

 たとえばNTTドコモがタクシー会社向けに開発した、タクシーの需要予測サービス「AIタクシー」では、特定の地域を500メートル四方のエリアに分割。各エリアにおける30分後の乗客数を予測し、ドライバーに教えてくれる。従来であればこうした予測は、その土地で長年運転してきたベテランドライバーでなければ不可能だった。しかもそうしたベテランでも、天候や周辺地域におけるイベントの有無など、把握しきれない情報がある。しかしAIタクシーではこうしたデータも含めて分析することで、新人ドライバーでもベテラン並みの稼ぎを可能にするほど、正確な予測を提供することに成功している。

 こうした「人間にはできないことを達成するAI」は、 ・・・ログインして読む
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筆者

小林啓倫

小林啓倫(こばやし・あきひと) 経営コンサルタント

1973年東京都生まれ。筑波大学大学院地域研究研究科修士課程修了。システムエンジニアを経て、国内ベンチャー企業、外資系コンサルティングファームなどで活動。著書に『FinTech が変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『今こそ読みたいマクルーハン』(マイナビ新書)など。