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女の子たちの性被害の現実

「声なき声」から見える社会

橘ジュン NPO法人「BONDプロジェクト」代表、ルポライター

 私たちは10代、20代の生きづらさを抱えている女の子の支援をするため、2009年にNPO法人「BONDプロジェクト」を設立した。

 活動内容は「聴く・伝える・つなげる」。「聴く」は、メールや電話での相談、面談、パトロール、アンケート、カフェ型移動相談と形はさまざまで、少女たちの声を聴くことによって、彼女たちが自分の思いを表現できる居場所を作ること。「伝える」は、フリーペーパーや本、講演会などで少女たちの声を伝え、その置かれている現状を共有している。「つなげる」は、病院や相談窓口へ行ったり、弁護士と連携して専門機関につないだりして、制度の狭間にいて公的な支援を受けられない少女たちが支援につながるまでの一時保護の取り組みだ。

 たとえば、18歳未満の女の子が家庭で暴力を受けて、本人が児童相談所に行くと決めても「すぐに連れてきてください」と言ってくれるところが少ないのが現状だ。やっとの思いで私たちのところにたどり着いて、「相談しよう」「家に帰らない」と決心はできたけれど、すぐに行ける安全で安心できる公的機関がほとんどない。そのため、相談業務の延長として自主的に居場所づくりをしている。

 他の機関に行く際の同行支援も必要だ。女の子たちは行くべき病院や警察、児童相談所や婦人相談所の情報を教えてもらっても行けない。自分の気持ちや状況をうまく言語化できないからだ。それはきっと、小さい頃から大人に助けられた経験がなかったからだと思う。家庭や学校、地域といったいろいろな場所で大人との関わりがあったとは思うが、SOSが見過ごされてきた。だから、自分が困ったときに大人が助けてくれる、理解してくれると思えないのだろう。

 私たちの役割は、動く相談窓口だと思っている。問題を抱えていても、どこにも相談に行かないという女の子に街頭パトロールで出会う。お金がなかったり、親の目を気にしたりして相談に来ることができない女の子には、住んでいる場所まで会いに行くこともある。北海道から沖縄まで、全国に出張面談もしている。自分が何に困っているかさえわかっていない子もいる。「今、こういうことに困っているんだね」と一緒に整理して、考えることが必要だと思う。

「安全な大人」はどこに?

拡大街頭で相談活動などをする橘ジュンさん(記事中の写真はタダケンジロウ氏撮影)
 行政につながれば中長期の支援をしてもらえるし、私たちもそこにつなぐことを目標にしているのだが、なかなかたどり着かない。理由はいくつかある。少女たちが情報を知らなかったり、相談したりしていいということも知らない場合がある。家庭の中に虐待や性暴力などがあり、それが我慢できなくなって家出をしてしまう子もいる。彼女たちは自己肯定感が低く、「自分が悪い」「自分が相談してはいけない」「もっとつらい思いをしている人がいる」と感じている。なぜなら、家族から毎日のように「生まなきゃよかった」と言われたり、まるで空気のように扱われたりして、「私なんていなきゃいいのに」「生まれてこなきゃよかった」「自分なんてどうでもいい」と自暴自棄になっているからだ。

 私たちの元に届いた17歳の女の子の声を紹介したい。両親が突然、別居することになって精神面が不安定になっている。「どちらについていけばいいのかわからない、結局は父も母も私が邪魔なんだと思う」と、言っている。

 私高校卒業したら絶対この家出るから。
 もう、無理。
 耐えられない。
 縁切る絶対。
 大学卒業までは家にいろって言われてるけど
 出るから。
 出て死ぬから。
 絶対、絶対死ぬから。
 だから大学なんて行かなくてもいいんだよ。
 高校だって辞めてもいいの。
 死ぬんだもん。
 ね。
 もう、決めた。今決めたの死ぬって。
 家出る前に死んでやろうかな。
 それとも殺してやろうかな。
 大人なんてゴミだね。何のためにいるの。
 成人する前にみんな死んじゃえばいいじゃん。
 ダメじゃん結局ね、
 大人みんな一緒かよ
 少しでも信じた自分がアホだ
 親も先生もそのほかの大人も、
 みんなみんな大嫌いだから。
 もう、涙も出ないよ!!!

 私は彼女に「4年後には18歳が成人扱いになるし、家から出て自立できるようになるよ」という返事をした。だが、家に居場所のない子にとって、18歳、19歳は法の狭間に置かれる。17歳までは児童福祉法がある。本来、高校生であれば18歳まで児童相談所で対応可能なはずなのに、18歳もしくは18歳になる数週間前から支援を受けることが非常に困難な状況にあった。18歳からは児童福祉法から外れるが、未成年者であるため保証人の関係で住居の契約ができない、親の同意がないとクレジットカードが作れないなど、自立をしたくても準備が整わない状況にあった。

 ある17歳の女の子は親からの日常的な虐待によって、家を出たくて住所ほしさに、SNSで出会った男性と約1週間で結婚することを決めるが、その男性からDV(ドメスティックバイオレンス)を受けて家出することになった。入籍したままの状態で家出を繰り返し、今も住居は不安定なまま生きづらさを抱えている。少女たちの中には、危害を加えたり、自分を利用したりする大人ではない「安全な大人」とのつながりのない子も多い。理解してもらう、受け入れてもらう、共感してもらうという経験がないので、人間不信、大人不信になっている。

声をあげるハードル高い

拡大相談に訪れた女子高校生
 今年4月に財務事務次官によるセクハラ問題が発覚した。財務省はセクハラをしたことを認めて謝罪はしたが、何とも歯切れの悪い印象が残った。それと同時に、メディアでもセクハラの問題についてようやく被害者たちが声をあげ始めた。一方、声をあげた被害者がもし、目の前にいたら言えないような、当人を切り捨てるかのような冷たい言葉も並んだ。被害者を責め立て、絶望させる二次被害によって、新たな被害者は口をつぐんでしまい、被害を助長しかねないのに、だ。性暴力の被害者に対しても「される側が悪い」「逃げられない、避けられない本人が悪い」と感じている人が少なからずいるのではないか。こうした考え方は、私たちに相談に来る女の子たちを取り巻くまなざしと似ている面があるように思う。

 なぜ、これほどまで性暴力被害者が声をあげることのハードルが高いのだろうか。それは社会的に強い立場の人が、弱者側が同じ場面を見たときにどう映っているかという意識や想像力を欠いているのが問題なのだと思う。弱い立場の人を思いやろうとする気持ちがないに等しく、痛みを知らない、感じない強い立場の人たちが国を動かしていて政策を作っているとしたら、将来に希望を感じられないと嘆く多くの若者がいるのもうなずける。

 どうすれば性暴力のない社会にできるか。その対策はまだないのが現状だ。夜、帰り道で見知らぬ男性から性被害を受けたという20代の女性がいた。警察に相談した際、男性の警察官に「あなたはどんな服装だったの? 露出が多い服だったんじゃないの?」と言われ、相談する気が失せてしまったという。彼女は「自分のせい、私が悪い」と自らを責めて「死にたい」と、口にした。

 いまだに、このような間違った考え方を持つ無神経な「支援者」がいることも事実だ。私たちは何から彼女を守り、誰と闘えばいいのだろうかと、無力感に襲われるときもある。女性に対する考え方や、性被害で心の傷を負うことの苦しみ、痛みを改めて加害者に伝えるだけでなく、相談を受ける側の偏見を解く必要もある。

 中には自分の「生きづらさ」を話したがために、周りから見捨てられてしまうのは嫌だと思っている子もいる。家ではつらくても、学校で友だちと会うことは楽しいから、友だちには知られたくない。友だちに会えなくなるのは嫌だから、シェルターには入りたくない。友だちにまで心配をかけるより、自分一人で抱えていた方がいいと思っているので、結果的に支援につながらない。こんなつらい思いをしているのは自分だけだから、他の人に言えない。みんな同じなのに、こんなに悩む自分はおかしいと思って言えなかった、という少女もいた。

 たとえば、幼い頃から父親の性的虐待を受けていた子は、「おまえのことが大好きだからこういうことをする」と言われ続けてきたので、父親と娘の関係では普通の行為だと思っていた。しかし、ある程度の年齢になって友だちの話を聞いて、「嫌だなという違和感はこのことだった。されなくていいことをされていた」と、やっと気づいたという相談もあった。また、虐待と気づいてはいるけれども、親を悪者や犯罪者にしたくない、私のことで私以外の家族を悲しませたくない、だから我慢するという少女や、役所や相談先には親戚や知り合いがいるから、家族の話はできないという子もいた。声をあげることは簡単ではないのだ。

 幼い頃から親の許可がないとトイレやお風呂でさえも自分の意思で行けなかった20歳の大学生の女の子を保護したこともあった。もう虐待する親はいないはずなのに、私たちに「座っていい? 飲んでいい? 食べていい? お風呂に入っていい? トイレに行ってもいいの?」と繰り返した。「好きにしていいんだよ」と言っても、自分でどうしていいのか、どうしたいのかがわからないようで、私たちが返事しないと直立不動のまま動けなくなってしまうのだ。私たちが関わっている女の子たちはこれほどまでに自己肯定感が低くて、自分は悪くない、被害者なんだって声をあげることのできない弱っている女の子たちなのだ。たとえば#MeTooのように声をあげられるのは、誰かに守られている人や、自分自身への尊厳を失わずにいる一部の人たちなのだ。

共感求め、危険な世界へ

拡大各地に赴いて、少女たちの相談に応じている
 被害なのに、被害とは認めてもらえない問題がある。援助交際やJKビジネスといったお金をもらい、性的な行為を求められる場に自ら足を踏み入れてしまう女の子たちのケースだ。JKビジネスの「見学店」で働いていた18歳の通信制の女子高校生がいた。その子によると、控室には10人ほどの同い年くらいの女の子がいて、メイクをしたりお菓子を食べたり、自由に過ごしている姿をマジックミラー越しで客に見られる仕事。

 そこはJKを「デッサン」するとの名目で来店してくる客を相手にしている。女の子たちは源氏名で番号と名前を書いた名札を付けて、客からリクエストされたポーズをとる。過激なポーズを求める客もいるが、指名を受けないとお金にならないので「やらなきゃ」と、サービスも過激になってしまうと話していた。また、店長から「待っているよ」「いつ来るの」といった連絡がちょこちょこ来るので、寂しいときや誰かに必要とされたいときに、やめようと思ったその気持ちが揺らいでしまうとも話していた。

 危険と知りながらJKビジネスに関わってしまう理由の一つに、貧困問題がある。両親が離婚して母子家庭のため、 ・・・ログインして読む
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筆者

橘ジュン

橘ジュン(たちばな・じゅん) NPO法人「BONDプロジェクト」代表、ルポライター

1971年生まれ。2006年、パートナーでカメラマンのタダケンジロウ氏とともに、少女たちの声を伝えるフリーマガジン「VOICES」を創刊。これまで少女たちを中心に3千人以上に声をかけ、話を聞いて伝え続けてきた。09年に「BONDプロジェクト」設立。著書に『漂流少女―夜の街に居場所を求めて―』(太郎次郎社エディタス)、『最下層女子校生 無関心社会の罪』(小学館新書)など。