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非業と絶望の先、希望の在りかは

時代や社会、人々を描くヒントをくれた10冊

瀬々敬久 映画監督、脚本家、演出家、俳優

 11年3月、東日本大震災、これを契機に起こる福島の原発事故。時代の感覚はこれ以前とこれ以降で大きく変化したように思えた。もはや右肩上がりの成長神話や安全神話は本当に信じられなくなる。そんなときに読んだのが開沼博氏の『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』という本だ。著者は東京大学大学院学際情報学府の修士論文を改訂増補し、この本とした。福島県いわき市出身であり、福島を中心に新潟、青森の原発立地地域でのフィールドワークを続けた結果、書き上げられている。副題にあるように原子力ムラがなぜ生まれたかを問う本であり、「中央=原子力発電によるエネルギーを使う地域」からの一面的な見方、それは3・11以降の原子力=悪という、いささかファナティックな論調に異を唱える部分もある。自分が生まれ育った地域になぜ原子力発電所が生まれたのか、著者は冷静に考察している。原子力ムラとは二つあるのだ。東京電力、通商産業省、科学技術庁などの政治を含む上部構造としての中央の「原子力ムラ」であり、もう一つは原子力を押し付けられ、さらには受け入れなければならなかった、あえて言えば受け入れることで生き延びようとした、地元の共同体としての「原子力ムラ」のことだ。著者の論点は、自身の地元である後者の原子力ムラに大きく注がれる。地元のムラは「戦時のみならず戦後においても、極度の貧困に喘ぎながら、それでもなおただ中央からの受身の姿勢のみにあったわけではなく、自ら積極的にムラを構成しようとする自律的な力を強く持っていた」。だが原子力ムラの成立から、それらが進展していくにつれ、ムラと中央との分離が進んでいく。最終的には中央の「植民地」となってしまったのだ。そして3・11。著者は本の冒頭に、こう記している。「もはや成長期ではない」。成長神話は終わったのだ。だが、それでも生きていくための希望はどこにあるのか。成長を捨て、どこに。著者は最後に記す。

 「田畑と荒地にパチンコ屋と消費者金融のATMが並ぶ道……郊外巨大『駐車場』量販店と引き換えのシャッター街……例えば『ヤンキー文化だ』『地域○○だ』といったあらゆる中央の中央による中央のための意味づけなど空虚にひびく、否、ひびきすらしない圧倒的な無意味さ。成長を支えてきた『植民地』の風景は『善意』ある『中央』の人間にとってあまりにも豊穣であるはずだ」。諦めたわけではない。地方のリアリティに向き合うことで、その延長線上に希望を見ようとしているのだ。

 東日本大震災以降、

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筆者

瀬々敬久

瀬々敬久(ぜぜ・たかひさ) 映画監督、脚本家、演出家、俳優

1960年、大分県生まれ。京都大学文学部哲学科に在学中、自主制作映画「ギャングよ 向こうは晴れているか」で注目される。映画「課外授業 暴行」(89年)で商業映画監督としてデビューし、「ピンク四天王」の一人とされた。4時間38分の長編「ヘヴンズ ストーリー」(2010年)はベルリン映画祭で国際批評家連盟賞。「感染列島」「64 ロクヨン」「友罪」「菊とギロチン」など多くの監督作がある。足立正生監督「幽閉者 テロリスト」などに出演。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです