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取材して取材して、そしてヒント

ドキュメンタリーで歴史を検証

小口拓朗 NHKディレクター(大型企画開発センター)

牟田口中将の独断か

 一方、私は、齋藤少尉らを死の淵に追いやった陸軍上層部の取材を担当しました。中でも、インパール作戦を強力に推し進めた牟田口廉也中将のご遺族には、資料や手記を提供していただきました。牟田口中将は、戦後、多くの批判が集中的に浴びせられた人物で、戦記物では「無謀な神がかりの将軍」として描かれ、「インパール作戦が惨敗に終わったのは全く牟田口の無謀なる作戦のためである」などと非難されてきました。しかし、牟田口中将は、戦後に綴(つづ)った手記で、こんな文章を残していました。

 「私は決して、南方総軍および方面軍河辺将軍の意図に背いて、作戦構想を変更し、我を通した考えはみじんもないことを、ここに明言する」

 あくまでも上司の意図通りに動いた結果に過ぎず、自らの独断によって作戦を実行したわけではない、との強い思いが記されていました。取材を進めると、牟田口中将はその強気の作戦指導によって、インパール作戦を決行し、泥沼化させた張本人であることは明らかな事実でした。ただし、その背景には、当時の陸軍の複雑で曖昧(あいまい)な意思決定があり、同じように、責任を負わなければならない指揮官たちが他にも複数いたことは確かで、牟田口中将をスケープゴートにして、幕引きを図ろうとした上層部の思惑が垣間見られました。

 齋藤さんの証言には、牟田口中将を非難するものが多数ありました。前線で補給に苦しむ兵士をよそに、牟田口中将がいた司令部では、芸者を集めて宴会を開いていたという証言もありました。それは涙ながらの重い告発でしたが、この証言の矛先を、牟田口中将に向けるだけでいいのだろうか、と考えました。陸軍という組織を動かしたひとりひとりの責任を追及すべきではないのか。その結果、番組の軸には、齋藤さんの証言ではなく、無謀な作戦の実態が淡々と記された日記を据えました。そして、その作戦を強行した陸軍の組織的な問題が浮き彫りになったラストに、地獄を見てきた齋藤さんの怒りを爆発させる、という構成にしたのです。

反響と遺族との相克

 放送後、取材による構成の意図が視聴者に伝わったのか、こんな反響がありました。ツイッターに、「あなたの周りのインパール作戦」というハッシュタグが登場し、「インパール作戦」が無謀な組織や無責任な人物を追及する代名詞となって、現代にあふれる杜撰(ずさん)な事象を次々にあぶり出していきました。

 一方、放送をご覧になった牟田口中将のご遺族から、「作戦を認めた国家の責任に目を向けるべきだったのでは」「インパール作戦に至る時代状況の説明が十分ではない」など厳しいお言葉を受けました。ご遺族にとっては、作戦の責任が牟田口中将に集中し過ぎていると感じられたのだと思います。史実として牟田口中将の責任が免れることはありません。つまり、損得で言えば、ご遺族が番組に協力して、得をすることはありません。制作者も、取材先の皆様に礼儀を尽くしても、彼らを満足させることをゴールにしていません。

 今回は、「歴史の検証」という大義に、ご遺族が応じてくださったのですが、番組のテーマにメリットを感じる方ばかりではありません。では、どのように番組に協力していただくか、その交渉は常に困難で、放送を迎える際には、取材先がどのような反応をされるのか、不安でいっぱいになりますが、番組を作る以上、この不安を取り除くことはできないと割り切っています。番組を支えるのは、取材した事実を表現したい、という制作者の欲求に尽きると感じています。

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筆者

小口拓朗

小口拓朗(おぐち・たくろう) NHKディレクター(大型企画開発センター)

2002年入局。クローズアップ現代+「独占告白 野球賭博」「密着ルポ わたしたちと憲法」、NHKスペシャル「"トランプ大統領"の衝撃」「ボブ・ディラン ノーベル賞詩人 魔法の言葉」「日本国憲法 70年の潮流」「戦慄の記録 インパール」「オウム 獄中の告白」「未解決事件File.07 警察庁長官狙撃事件」などを制作。