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気象庁担当者座談会

専門家の見立て「知りたい」に対応 市町村長とのホットラインで助言

髙橋賢一 足立勇士 羽田純 山岸玲

 豪雨、相次ぐ台風、地震、猛暑と今年は自然災害が多発し、「これまでに経験したことがないような大雨」という表現も度々使われました。気象庁では報道発表の改善や、自治体との連携の強化が進められています。気象情報の利用の普及、実際の予報作成、自治体連携をそれぞれ気象庁で担当されている3人に、気象庁とメディアとの関係や自治体との連携などについて聞きました。

――近年、気象庁は気象情報の発信方法、表現について工夫されていますが、いつごろからどのように変わってきているのですか。

高橋賢一さん(撮影:吉永考宏)
髙橋 昔より改善を積み重ねてきています。気象庁は予報を作成し、提供してきて「警報」にしても「注意報」にしても、これまでの風水害の教訓を踏まえて作られてきました。最近の改善は平成26(2014)年8月の広島での土砂災害の後、この時の課題を踏まえた国土交通省の有識者会議の提言がありまして、どれだけ雨が降っていて、大雨注意報、大雨警報、土砂災害警戒情報がどのようなタイミングで出ていたか、なぜ、これだけ多くの方が亡くなることになってしまったのか、それを少しでも軽減するのに、気象庁の情報に関してどういう点を改善すべきかを検証していただきました

 提言で言われたのは、「今どうなっているか」の実況をいち早く伝えてほしい。今後見込まれる雨について、雨量予測だけでなく、どこがどれだけ危険になるのか、危険性をしっかり示すような情報をメッシュのような形で地図に示し、視覚化した情報として出してほしい。注意報や警報はそれまで数時間前に出すのが普通でしたが、これを数日前から確たることは言えなくても、「可能性がある」と一段階早い情報を提供してほしい。

表 平成29年度に実施した防災気象情報の改善表 平成29年度に実施した防災気象情報の改善

図 危険度分布 ①洪水
図 危険度分布 ②土砂災害
 こうした有識者からの指摘を受け、平成29(2017)年度から新たな情報の提供が始まっています。危険性を示す情報については、一度は見たことがあると思いますが、大雨や洪水、土砂災害の危険度分布(図)といわれる資料を気象庁のホームページに載せています。早い段階での情報については「警報級の可能性」という情報も出すようにしています(表)。これは直近の改善の取り組みで、このような小さな改善を昔から積み重ね、今の形になってきたわけです。

――危険度分布を出すようになって1年が経ちました。気象庁では事あるごとに「危険度分布を参考にしてほしい」と呼びかけていますが、利用されている実感はありますか。

髙橋 自治体とか防災関係者の認知度はかなり上がってきているという実感はあります。ただ、一般の方々を含めて、危険度分布を知って使いこなせているかというと、まだまだ浸透していない部分もあると感じます。そこは普及啓発を含めて我々が頑張らなくてはならない部分です。被災した人は災害から色々な教訓を得ますが、テレビ等でニュースを見ただけで風水害を遠くの世界のように感じている人も少なからずいるでしょうから、「次はあなたのところかも知れないので、危険度分布をもっと使いこなしていきましょう」と訴えていかなければならないと思っています。

気象現象の変化に応じて表現を工夫

――台風の前に共同取材を受けていただいていますが、危険性を伝える上で、表現や言葉の使い方で注意している点はありますか。

足立 現象の解析と予報がベースになって、台風がどのくらいの強さか、どのくらいの雨量かをきちんと踏まえた上で、それを起因(誘因)とする災害の状況をある程度見定めて説明しています。

――例えば気象庁が発表する気象情報の中で、「厳重な警戒」「警戒」「十分に注意」を使い分けていますが、基準はどうなっていますか。

注意報・警報・特別警報注意報・警報・特別警報

気象等に関する特別警報の発表基準気象等に関する特別警報の発表基準

波・火山・地震(地震動)に関する特別警報の発表基準波・火山・地震(地震動)に関する特別警報の発表基準

足立勇士さん(撮影:吉永考宏)
足立 基準ということではありませんが、簡単に言うと「警戒」と言うときは「警報ですよ」という意味で、「注意してください」「留意してください」は「注意報」という意味です。「注意」は竜巻のように警報がない現象のときにも使います。「厳重な警戒」と言うときは、すでに現象が始まっていて、これからどんどん強くなってくる場合もあります。「土砂災害警戒情報」が出ているときは、「土砂災害に、厳重に警戒してください」。河川の水位が上がって指定河川洪水予報が出ているときは「河川の増水や氾濫に厳重に警戒してください」と言うようにしています。やたらに「厳重に警戒」と言っているわけではなく、レベルが上がっていくに従って「警戒」という言葉にかかる形容詞を少し変えていくなど気をつけて使っています。

――先日の台風24号のときに、「大雨に警戒してください」という表現で説明していたのが、ある段階から「記録的な大雨に警戒してください」と切り替わりました。こういうケースのことですね。

足立 「記録的大雨」という表現になったら、「記録的短時間大雨情報」が出たか、出そうなのだな、と連想してもらえればと思います。そういうつながりで使っています。

――気象庁からの情報提供は長年改善を続けているという話でしたが、新聞、テレビなどメディアとの関係はどのように変わってきましたか。

髙橋 まず変わらない部分ですが、我々の情報は発表して終わりではなくて、情報が届いて、使ってもらわないと意味がありません。この「届ける」という部分では気象庁とメディアとの関係は変わっていません。昔も今も変わらず重要です。変わった部分という意味では、以前よりリアルタイム性が求められるようになりました。昔なら1日に1回とか、1時間に1回だったものが、今では気象レーダーによる降水強度の分布は気象庁のホームページで5分ごとに更新されています。緊急地震速報になると秒以下の速さが求められます。時間は短く、しかも地域は狭い、細かい情報が求められるようになりました。そうするとメディアの特性ごとに伝える情報が違ってきています。テレビで伝える場合、ラジオで伝える場合、インターネットで伝える場合、それぞれのメディアの特性によって使っていただく情報は少しずつ変わってくるでしょうし、どの部分を重視して使うかも変わってくるでしょう。どういう情報を伝えていただくか、気象庁側で考えることが増えました。

 それと、既存のメディアを経由しない伝わり方も増えてきています。例えば「竜巻が見える」と一般の人がソーシャル・メディアに投稿するなど、気象庁が関与しない情報発信もどんどん始まっています。そういう中で状況が混乱してデマが広まった場合の対応をメディアと組んで、「今そういうことは確認されていません」と流すことも必要になってきています。東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の3日後の3月14日、「ある機関が『津波を確認した』と言っている」というデマ情報が広がり、緊急で会見を開き、「津波が来ることを示す観測情報は確認されていません」と打ち消したケースがありました。

特別警報の可能性にも言及

――今年7月の西日本豪雨の2回目の記者会見で、「特別警報を発表する可能性があります」と可能性について言及されました。異例だったと思いますが、なぜそこまで言及されたのですか。

足立 7月5日に「西日本と東日本における8日頃にかけての大雨について」という変わったタイトルの情報を出しました。これは週間スケールの気象情報で、明後日より先1週間以内の天気を読み解く中で、「8日頃にかけて」警戒を呼びかけました。通常雨量の予測はせいぜい48時間までしか精度を保てないのですが、このケースでは何ミリ降るかまでは書けないけれど、8日ごろにかけてかなり広い範囲で大雨が降り続くという情報を発しました。梅雨前線が停滞していて、梅雨前線についての予報確度は高いと踏んで、何ミリ降るかは後回しにして気象情報を出して行こうとしました。その流れで翌6日の記者会見では前日の情報を引き継いで、「どこ」とまでは言えなかったですが、危険度が高まっていたので、「特別警報が出る可能性がある」とまで言及しました。

――特別警報が出る可能性について言及されたことと、週間スケールで気象情報を出したことも異例だったということですね。

足立 梅雨前線が停滞することは珍しくありません。前の週に関東地方が梅雨明けしました。これは台風が通過して、前線を北海道まで引き上げたものです。ただ、予想天気図では、梅雨明け後に梅雨の戻りのような状況があって、7月上旬の段階で前線が南下して停滞する予想がだんだん見えてきました。梅雨前線の位置や振る舞いについての予報の確度が高いということを踏まえて予報を出していったわけです。

――それで特別警報の可能性という情報が出せたわけですね。

足立 前線が停滞していて、このレベルの雨が続けば、3日か4日のうちに特別警報レベルの降水量になると予測し、会見しました。

――気象庁が思い切ったのではなく、データを積み上げたということなのですね。

足立 最終的には思い切らないと出せません。データを積み上げ、結果として特別警報まで出せたというのは今までにはなかったことです。

髙橋 この背景の一つにはさきほど紹介した改善の中で「警報級の可能性の情報を出していく」というのがあります。これはかなり早い段階で、まだ精度が低い段階であっても警報発表の可能性について触れていくものです。世の中の需要がそういうところにあるということを我々も改めて知りました。そういう情報を運用していく中で、数日先に警報級の現象になる可能性について、確度が低いから出さないのではなく、「知りたい」ということについては確度を示した上で積極的に出していく方向に変わってきています。こういう日ごろからの取り組みがあって、今回の特別警報の可能性の言及につながったと考えています。

直接電話で首長に伝える

――次に、自治体との関係ですが、気象台長が自治体の首長と直接電話するという取り組みが始まっていると聞いております。いつごろから始まったのか。なぜ、こうした取り組みを始めたのでしょうか。

羽田純さん(撮影:吉永考宏)
羽田 10年以上前からですが、はじめは各気象台の判断で、都道府県や市町村に対し、危機感を直接伝えたいという先進的な取り組みが始まりました。我々はこれをホットラインと呼んでいます。現在では全国のどの気象台でもやるようになっていますが、広まった経緯としては、平成25(2013)年10月に台風26号が接近した伊豆大島で記録的な雨量となり、大きな土砂災害が発生しました。ちょうど特別警報の運用が始まったころですが、本土から離れている離島では特別警報が出にくいこともありましたので、離島を抱えた市町村に対してのホットラインの運用強化に全庁的に取り組みました。尋常ではない状況になった際は気象台長から離島を抱える市町村の首長に伝えるようにしたわけです。

 その後、平成26年8月、広島の土砂災害があり、このとき災害の発生前に避難勧告がなかなか出なかったことがありました。避難勧告を出す権限は最終的に市町村長にあることは分かった上で、市町村長の決断を後押しすべきという判断に至り、離島での取り組みを全国に広げました。予報官から役場の防災担当、気象台の管理職と役場の上役というような段階を経た上で、強い危機感を気象台から市町村に伝える必要があると判断したときは、気象台長が躊躇無く首長に連絡するというものです。こうした方針が全庁的に示されたのは平成26年9月でした。

髙橋 それ以前の平成16(2004)年、台風が10個上陸した年ですが、自治体の避難勧告が遅かったという記事が散見され、避難勧告のガイドラインが内閣府を中心に議論されて、その中で専門家が市町村に対してもっとサポートしてあげないといけないのではないかという話がありました。また、当時の気象庁は例えば「23区東部に大雨警報」というような表現をしていましたが、「23区東部とはどこか」と言われました。誰にとっても分かりやすい単位としては市区町村で、「千代田区に大雨警報」と出れば、千代田区在住の人には「自分のところだ」とすぐに分かります。そこで平成22(2010)年より、市区町村単位で警報、注意報を出していく取り組みが始まりました。そのような取り組みの中で、それまでは都道府県と連携していたのですが、その先の市区町村との連携も深めていかなければならないという意識が強くなってきて、先進的な気象台では市区町村との連携も深めていったという流れがありました。

 なお、平成16年の台風22号のときは、東京を台風が直撃して、横浜でトラックがひっくりかえったり、JR中央線の四ツ谷駅近くで土砂崩れがあったりしました。このときは「ただ事ではない」という状況を伝えようと、東京都下のいくつかの市区町村に電話で連絡しました。こういう取り組みが広がったのです。

――自治体との連携で、まだ不十分と感じられていることはありますか。

髙橋 災害が起きると市区町村は対応で大変になります。気象台との連携ばかりではなくなるので、災害時にできることはどうしても限られます。普段からどれだけ連携を深めておけるかです。電話しなくても分かってもらえるようになるのが理想でしょう。

――具体的に「避難勧告を出した方がいいですよ」くらいまで言うのですか。それは越権行為になってしまうのですか。

羽田 状況によってですが、周りの市区町村は避難勧告を出しているのに、ある市区町村だけ出していない場合などは、そちらを優先してホットラインでお伝えすることはやっています。「周りは出していますよ」というのは事実ですから、そういう言い方はできると思います。

――何かをしろとまでは言えないのですよね。

羽田 内閣府の「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」の平成26年の改定で、市町村長は避難勧告等の判断をするに当たって、気象台からの助言を得ることができるとされています。助言を求められた気象台は必要な助言を行うことになります。

昨年の秋田のケースは好事例

自治体との連携の問題などが議論された座談会(撮影:吉永考宏)
――昨年7月から大雨による浸水害や洪水の危険度分布をホームページ上で公開し始めました。直後の7月下旬、秋田で記録的な大雨があり、県内各地の河川で氾濫する恐れが出ました。このとき秋田地方気象台では、危険度の高い県北の自治体に電話をかけ、河川名をあげて危険を伝えました。自治体ではすぐに避難勧告や指示を出し、犠牲者を出さずにすみました。これは好事例ですよね。

羽田 秋田県内の市町村の受け止め方も踏まえて、よい取り組みだったと考えています。

髙橋 あの事例は危険度分布という目で見て分かりやすい資料をお互い共有しつつ、普段からの信頼関係もあったので好事例となりました。一番重要なのは、普段からそういう関係を構築できていたということだと思います。お互い防災の世界で生きているので、思ったことを言い合えるような関係を作っていければと思っています。

――今年7月の西日本豪雨で、特別警報が出ながら住民が避難せず、被災したケースが見られました。住民の意識を変えていくにはどうしたらいいでしょうか。気象庁がやるべきこと、自治体がやるべきこと、メディアがやるべきことを示してください。

髙橋 変わらずにやるべき事は普及啓発です。役に立つ情報があるので、それをうまく使いこなせるようにと言い続けることでしょう。ただ、「住民意識を変える」というのは上から目線です。個人的な意見ですが、それは無理だと思っています。ただ、何も出来ないというのではなく、防災に関与している市町村の方や、地域の防災リーダーは何とか情報の利活用をうまくしたいという思いを持っています。町のリーダーや地区のリーダーに防災に関する意識を持ってもらい、リーダーが地域の住民に呼びかけていく。気象庁としてもお手伝いできることはまだまだあります。

普段から情報に接することが大切

――気象庁の担当者から見てメディアにできることを、災害前の普段の報道、災害時の報道の両方についてアドバイスをお願いします。

羽田 リアルタイムの防災情報はテレビ、ラジオが得意とするところでしょうが、新聞など活字メディアには、平時にも書いてほしいですね。危険度分布というものを気象庁が最近出していて、こういう意味を持つ情報で、こういう見方をする情報です。これから大雨になるようなときは気象庁のホームページで見られます、というようなことを紹介していただいていまして、ありがたいことだと思っています。

髙橋 事が起こったときに慌てて見る情報というのはなかなか使いものになりません。普段から接して、日々見る情報をいざというときに使いこなすことが大切です。そういう意味で天気図は毎日見ているもので、さまざまな媒体で流していただいているので、毎日チェックする人も多いわけです。警報とか注意報、危険度分布など、いざというときに出て有効な情報も危険が無いということも含めて普段から見るように習慣づけることができたら、災害時に使いこなせます。天気図のように普段から接する機会をメディアで作っていただければありがたいと思っています。

足立 防災に休みはありません。天気予報を出さない日はありませんし、メディアも伝え続けています。人々にとってはインフラです。ですから変な情報が出たり、ぶれたり、必要以上に大げさだったり、ということはあってはなりません。確度の高い情報を人々に伝え続けなければならないと思っています。メディアのみなさんには「気象庁は、この情報で何を呼びかけたいのか」と常に問いかけていただき、気象庁からいろんな情報を引き出してもらえればいいと考えています。

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髙橋賢一(たかはし・けんいち)
気象庁予報課気象防災推進室防災気象官
1971年、埼玉県生まれ。97年、気象庁入庁。予報部予報課気象防災推進室予報官、地震火山部管理課防災対策室課長補佐などを経て現職。

足立勇士(あだち・ゆうし)
気象庁予報課予報官
1961年、大阪府生まれ。81年、気象庁入庁。予報官、札幌管区気象台予報課長などを経て現職。

羽田純(はだ・じゅん)
気象庁企画課防災企画室地域防災対策支援調整官
1978年、大阪府生まれ。97年、気象庁入庁。予報課技術専門官、運輸安全委員会鉄道事故調査官などを経て現職。

司会:山岸玲(やまぎし・りょう)
朝日新聞社会部記者(気象庁担当)

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※本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』11月号から収録しています。同号の特集は「災害は伝わったか」です。