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被害状況「見える化」で共有

実名報道で進んだ安否確認

山下晴海 RSK山陽放送 報道部長

真備町地図真備町地図
 西日本豪雨では河川の氾濫や土砂崩れなどにより岡山県全体で61人が亡くなった。最も死者が多かったのは、倉敷市真備町で51人。町の3割程が浸水被害に見舞われ約4600棟が水没。最大時3500人が避難所生活を強いられた。発生当初、浸水した危険な状況での取材を現場での判断に任せる形になったため、災害現場での取材の安全面の確保について課題を残した。JNN(TBS系列各局)の取材応援に助けられて被災地の取材は深いものができた。

 ただ被害が県全体に及んでいるにもかかわらず、真備町の犠牲者の多さに注目するあまり、県内の他地域の被害を当初十分に伝えられなかったことが大きな反省点である。「小田川(真備町)ばかりを取り上げているが砂川(岡山市)も大変な冠水だ」「集落が孤立している」などと住民から電話があった。旭川水系砂川の決壊では死者は出なかったが、岡山市東区平島地区だけでも2230棟が床上、床下浸水の被害を受けた。後日取材に入ったものの、初期段階から広域災害だという認識を持ち、災害の広がりを伝えるべきだった。全国ニュースに引きずられた側面も否めない。今回のような大規模災害の時は、まず全体の状況を把握することから始めなければならなかったと痛感している。

グループLINEが頼り

 私の携帯電話のグループLINE(正確にはクラウド型ビジネスチャットLinkit)の中に「岡山大雨取材チーム」というトークルームがある。そこに被災現場を取材した記者と社内デスクとのやりとりが残っている。JNNが総力戦で西日本豪雨の取材をした一つの記録だ。岡山県内の被災地取材の際に使われたもので、倉敷市真備町の浸水被害が中心。RSKの報道部員をはじめ、JNN各局デスク、記者、カメラマンら約150人がこのトークルームで情報を行き交わせた。

 浸水被害が広がる7月7日から取材応援態勢を解いた8月6日までに2194件のやりとりが残されている。

 このトークルームが立ち上がったのは7月7日深夜のことだ。23時20分、デスクがトークルームで口火を切る。

 「岡山県全体の死者・行方不明者の更新。死者3、行方不明5。死者は笠岡市内の工場で生き埋めになった2人、井原市で土砂崩れに巻き込まれた女性1人。行方不明者は、総社市で川に流された男性3人、高梁市で男性1人、新見市で男性1人」

 この時点では真備町での死者や行方不明者の情報はない。直後に倉敷市が出した避難所の状況の発表文の写真がトークルームに送信されている。これを見ると、倉敷市内の倉敷地区、水島地区などの小学校(避難所)には、避難者が何世帯何人避難しているかが表にされて明記されている。しかし真備地区については表の中は空欄だ。欄外に、避難所となった岡田小学校・約2千人、薗小学校・約800人、二万(にま)小学校・約500人、真備総合公園体育館・閉鎖と記されている。

 この写真にデスクが情報を付けくわえている。「一部の避難者は他の地域に移動している」。真備町では避難所に人が溢れ、混乱していた様子がうかがえる。この後、現場の取材クルーから送信される道路状況、川の増水、氾濫についての情報が続いた。「県道281号は通行不可能、引き返します」「県道279号、真備方面へは通行止め」「小田川の水が溢れそう」など。

 各々の情報には地図アプリを使って、どの地点の状況かが示されていく。取材クルーの間で情報共有ができていった。Linkitで展開される情報をとりわけ頼りにしたのは社内で指揮を執る報道デスクや部長である私だった。災害現場で何が起きているかについて、記者との電話でのやりとりだけでは判然としないことが多い。Linkitは現場を可視化させていく重要なツールであると気づかされた。災害現場の「見える化」である。

写真1 7月8日午前7時半過ぎにLinkitで送信された画像
 8日午前7時半過ぎLinkitに一枚の画像がアップされた(写真1)。カメラデスクが真備町の地図に、浸水域や街をのみ込んだ水の流れ、堤防の決壊場所、住民を救助する船の発着点などを記したものだ。被害の詳細はまだ分かっていなかったが、この地図によって街の全体像が浮かび上がった。

 直後、取材ヘリが撮影した小学校の写真が送信される。たくさんの避難者が廊下で一夜を明かしていた。想像を遥かに上回る人数だった。取材クルーからの送信「祖父母が行方不明という男性を取材した。2人とも死亡」。この時には真備町では行方不明者も死者も全く明らかになっていなかった。デスクがLinkitで「現時点で被害状況が全く分かっていないだけ。多数の被害者がいるということを示している。役所や消防を取材して」と呼びかけた。次第に浸水被害の詳細、核心の取材へと入っていった……。現場の「見える化」は、記者とデスクのコミュニケーションを深めるだけでなく、災害取材における安全面の管理にも生かせると思う。「危ない所に近づくな」などといった通り一遍の指示では何の役にも立たない。まずは現場の状況を把握することが肝心であることを改めて考えさせられた。

カメラが捉えた背水現象

写真2 小田川が橋詰で堤防を越え、画面右手前に流れ出している。7月7日午前2時50分、倉敷市真備町写真2 小田川が橋詰で堤防を越え、画面右手前に流れ出している。7月7日午前2時50分、倉敷市真備町
 7月7日午前2時50分に撮影した映像がある(写真2)。真備町を取材していたクルーが撮ったものだ。写真の左側、小田川から水が堤防を越えて、右側の田畑や住宅地へと流れ込んでいる。激流ではないゆっくりとした水の流れだ。これを「バックウォーター現象」と呼ぶことを今回の災害で初めて知った。撮影されたのは初めてではないかと専門家は話す。

 この現象は背水現象とも呼ばれる。大雨などにより増水した本流の川の流れにせき止められる格好で、支流の川の水位が急激に上がる。このため支流の川が合流地点より上流で溢れ、水が堤防を越えて氾濫するのだ。堤防の決壊をもたらす危険な状況と言える。これを撮影した経緯を取材クルーに聞いた。

 午前1時半、真備町の小田川北側(地区の中心部)に避難指示が出た。取材を続けるうちに次第に浸水が始まり、増水していった。記者は危険を感じて高台への避難に移ろうとする。そこに1台の消防車が現れた。「これについていけば安全に避難できる」。そう思い、取材車で消防車の後を追ったという。消防車は堤防の上に向かう。しばらく走った所で止まった。消防車から「バックしてくれ。引き返す」と指示。堤防の上では越水が始まっていて行く手を阻まれたのだ。

 この場所で、

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