遠藤薫(えんどう・かおる) 学習院大学法学部教授
専門は社会システム論、社会情報学、メディア論など。主な近著に『ソーシャルメディアと〈世論〉形成』(東京電機大学出版局)、『ソーシャルメディアと公共性』(東京大学出版会)、『ロボットが家にやってきたら… 人間とAIの未来』(岩波書店)など。
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
意識調査から「安倍一強」の謎を解く
民主主義は民意の上に成り立つ。それが常識である。とはいえ、民意はどこに表れるのか。報道機関や研究機関が公表している世論調査がそれにあたるのか。あるいは、選挙の結果が民意なのか。民意を表すとされる指標はさまざまある。しかしそれらは必ずしも一致しない。2016年アメリカ大統領選挙では、事前の世論調査はヒラリー・クリントンの圧倒的勝利を予測していたにもかかわらず、大統領の座を獲得したのはドナルド・トランプだった。しかも、全米の総得票数ではクリントンの方が勝っていた。そして、メディアによる激しい批判にもかかわらず、その後もトランプ大統領の支持率が大きく下落はしない。
民意の表示がこのようにブレたり、問題が発覚しても政権への支持が揺るがなかったりする事態は、現代の民主主義の不安定性や弱体化を示しているのだろうか。さらにそれは、民主主義的な民意形成のプラットフォームとしてのメディアのあり方が近年大きく変化していることと関わっているのだろうか。
本稿ではこの問いについて、筆者が17年の衆院選前後および18年10月に行った意識調査に基づき、現代におけるサイレント・マジョリティーという視点から考察する。
先日、あるジャーナリストのこんな嘆きを聞いた。「モリカケ問題なんて、本当に決定的だと思うのに、内閣支持率はほとんど揺るがない。なぜだ? なぜわれわれの声は国民に届かなくなってしまったのか。それはソーシャルメディアのせいなのか?」
だが、国民は「モリカケ(森友・加計)問題」を認識していなかったわけではない。図1は、筆者が17年10月の衆議院選挙直前に実施した意識調査(注1)で、安倍首相が17年9月の臨時国会冒頭で衆議院を解散したこと(冒頭解散)が、モリカケ問題への追及をかわすためだと思うかとの質問に対する回答を集計した結果である。これによれば、「冒頭解散はモリカケ隠し」という批判は、安倍支持層でも30%近くあり、不支持層では90%近くにまで達している。すなわち、「森友・加計問題」が安倍政権の失点であることは国民の間で広く共通認識となっていた。にもかかわらず、17年10月22日に行われた衆院選では、自民党は公示前と同じ284議席を獲得し、盤石の強さを見せつけた。なぜこんなことが起こるのか?
そこで同じ調査で、安倍首相を支持するグループと支持しないグループに分けて、その支持/不支持の理由を聞いてみた。その結果が図2である。これによれば、安倍不支持層では、不支持の理由の第一に断トツでモリカケ問題が入っている。一方、安倍支持層の支持理由は、アベノミクスであり、憲法改正、北朝鮮問題、安保法制である。
次に図3を見ていただきたい。これは、17年衆議院選直後に行った意識調査(注2)で、比例代表制でどの政党に投票したか、またその理由を尋ねた結果である。これによると、反安倍を掲げるリベラル系政党に投票した理由としては、憲法改正、原発再稼働問題、総合的政治姿勢が上位であり、その後にモリカケが挙げられた。他方、親安倍の保守・中道政党への投票理由では、アベノミクス、北朝鮮問題、総合的政治姿勢などが上位であった。
ここから見えてくることは、モリカケ問題は確かに人びとに安倍首相の失点と認識された。しかし、国政選挙の投票においては、それよりも国全体の方向性に関する問題によって有権者の態度が決定されたということだろう。そして、保守・中道支持層とリベラル支持層を分かつのは、アベノミクス、北朝鮮など外国に対する姿勢、憲法改正、原発再稼働等に対する評価であり、それらを包括する「総合的政治姿勢」だったということになる。