冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 在米作家、ジャーナリスト
1959年生まれ。東京大学卒。コロンビア大学大学院修士課程修了。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル、ラトガース大学講師を経てプリンストン日本語学校高等部主任(現職)。著書に『トランプ大統領の衝撃』(幻冬舎新書)、『予言するアメリカ』(朝日新書)など。Newsweek 日本版公式ブログ、メルマガJMM、メルマガ「冷泉彰彦のプリンストン通信」を配信中。
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
トランプ再選の道筋は見えず
昨年11月6日に行われたアメリカの中間選挙には、様々な意味合いから関心が集まっていた。通常、新大統領が就任して初めての中間選挙は、最初の2年間への信任投票であり、同時に2年後に再選をかけて争う大統領選の前哨戦として位置付けられる。今回もその意味合いは濃く、ドナルド・トランプという異色の大統領によってアメリカ国内が、そして世界が「振り回された」ことへの評価を問う機会となったのは間違いない。
これに加えて、今回の中間選挙には、現職の大統領を弾劾裁判にかけて罷免するかどうかという際どい論点も加わっていた。合衆国憲法によれば、弾劾裁判は連邦下院の過半数によって発議(起訴)が可能であることから、下院の過半数争奪戦に別の意味合いが加わったのである。
選挙戦の序盤、つまり昨年の春ごろまでは、上下両院の過半数を有する与党共和党の勢いは強く、民主党による両院の過半数奪還は難しいと言われていた。だが、大統領個人をめぐる「ロシア疑惑」「不倫もみ消し疑惑」が深刻化の一途を辿る中で、下院の形勢は逆転していった。そこで、選挙戦終盤における焦点は上院の過半数を共和党が死守するかに移ったのである。
9月に入ると、情勢が激しく動き出した。その要因としては、7月に最高裁判事候補として、ブレット・カバノー判事が指名されたことが挙げられる。同判事については、保守的な判決を出す傾向があるという評価があったことから、共和党支持者には期待感があったが、そのカバノー判事については、学生時代の性的暴力事件の疑惑が持ち上がり、連邦議会上院は公聴会を行って追及することとなった。
公聴会でカバノー判事は極めて強硬な態度で疑惑を全否定し、その勢いが共和党議員を団結させる中で、同判事は上院での承認を勝ち取った。このエピソードは、トランプという異質のリーダーへの違和感を抱いていた議会共和党を団結させたばかりか、最高裁を保守化させて「妊娠中絶の違憲化」を夢みる宗教保守派の票をトランプの共和党に結びつけたのである。
更に投票日直前の情勢においては、トランプ大統領は保守派世論を意識して「反移民という感情論」を煽る作戦に出た。ホンジュラスの治安が悪化する中で危険から逃れた難民による「移民キャラバン」に対する「ヘイト」とでも言うべき攻撃を開始したのである。徒歩でアメリカ国境に向かう「キャラバン」に対して大統領は、「アメリカへの入国阻止のために軍を出動させる」「今回のキャラバンにはイスラム過激派のテロリストが潜入しており危険」という一方的な主張を繰り返した。
このような扇動は、結果的に国内の対立を激化させるだけでなく、極右を刺激することで具体的な暴力事件も生む結果となった。例えば、「移民キャラバン」に資金提供をしているというデマが流布された影響として、投資家のジョージ・ソロス氏へは「小包爆弾」が送付された。その実行犯の男性は、同氏だけでなくクリントン夫妻、オバマ夫妻など民主党系の要人にも爆弾を送りつけ、これに対してはFBIが迅速な捜査を行った。フロリダ州で逮捕された実行犯は、熱狂的なトランプ支持者であることが判明している。更には、投票日の直前にはトランプの排外主義に触発された男性が、ペンシルベニア州ピッツバーグのユダヤ教礼拝所で乱射事件を起こし、11人を殺害するという惨事も起きた。
つまり、排外を叫び続け、テロ行為を誘発しても反省のない政権側と、これに対して弾劾罷免も辞さずという野党が正面から衝突する構図が生まれたのである。そうした中で、関心の高まりの結果として、中間選挙の場合は通常40%前後である投票率が今回は50.1%まで上昇した。これは過去100年における最高値であるという。