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中間選挙後も混乱続く米政局

トランプ再選の道筋は見えず

冷泉彰彦 在米作家、ジャーナリスト

国論を二分した歴史的選挙

 昨年11月6日に行われたアメリカの中間選挙には、様々な意味合いから関心が集まっていた。通常、新大統領が就任して初めての中間選挙は、最初の2年間への信任投票であり、同時に2年後に再選をかけて争う大統領選の前哨戦として位置付けられる。今回もその意味合いは濃く、ドナルド・トランプという異色の大統領によってアメリカ国内が、そして世界が「振り回された」ことへの評価を問う機会となったのは間違いない。

 これに加えて、今回の中間選挙には、現職の大統領を弾劾裁判にかけて罷免するかどうかという際どい論点も加わっていた。合衆国憲法によれば、弾劾裁判は連邦下院の過半数によって発議(起訴)が可能であることから、下院の過半数争奪戦に別の意味合いが加わったのである。

 選挙戦の序盤、つまり昨年の春ごろまでは、上下両院の過半数を有する与党共和党の勢いは強く、民主党による両院の過半数奪還は難しいと言われていた。だが、大統領個人をめぐる「ロシア疑惑」「不倫もみ消し疑惑」が深刻化の一途を辿る中で、下院の形勢は逆転していった。そこで、選挙戦終盤における焦点は上院の過半数を共和党が死守するかに移ったのである。

 9月に入ると、情勢が激しく動き出した。その要因としては、7月に最高裁判事候補として、ブレット・カバノー判事が指名されたことが挙げられる。同判事については、保守的な判決を出す傾向があるという評価があったことから、共和党支持者には期待感があったが、そのカバノー判事については、学生時代の性的暴力事件の疑惑が持ち上がり、連邦議会上院は公聴会を行って追及することとなった。

宗教保守引き寄せた共和党

演説会で支持者に囲まれるトランプ大統領(「ニューヨーク・タイムズ」電子版)演説会で支持者に囲まれるトランプ大統領(「ニューヨーク・タイムズ」電子版)
 公聴会でカバノー判事は極めて強硬な態度で疑惑を全否定し、その勢いが共和党議員を団結させる中で、同判事は上院での承認を勝ち取った。このエピソードは、トランプという異質のリーダーへの違和感を抱いていた議会共和党を団結させたばかりか、最高裁を保守化させて「妊娠中絶の違憲化」を夢みる宗教保守派の票をトランプの共和党に結びつけたのである。

 更に投票日直前の情勢においては、トランプ大統領は保守派世論を意識して「反移民という感情論」を煽る作戦に出た。ホンジュラスの治安が悪化する中で危険から逃れた難民による「移民キャラバン」に対する「ヘイト」とでも言うべき攻撃を開始したのである。徒歩でアメリカ国境に向かう「キャラバン」に対して大統領は、「アメリカへの入国阻止のために軍を出動させる」「今回のキャラバンにはイスラム過激派のテロリストが潜入しており危険」という一方的な主張を繰り返した。

 このような扇動は、結果的に国内の対立を激化させるだけでなく、極右を刺激することで具体的な暴力事件も生む結果となった。例えば、「移民キャラバン」に資金提供をしているというデマが流布された影響として、投資家のジョージ・ソロス氏へは「小包爆弾」が送付された。その実行犯の男性は、同氏だけでなくクリントン夫妻、オバマ夫妻など民主党系の要人にも爆弾を送りつけ、これに対してはFBIが迅速な捜査を行った。フロリダ州で逮捕された実行犯は、熱狂的なトランプ支持者であることが判明している。更には、投票日の直前にはトランプの排外主義に触発された男性が、ペンシルベニア州ピッツバーグのユダヤ教礼拝所で乱射事件を起こし、11人を殺害するという惨事も起きた。

 つまり、排外を叫び続け、テロ行為を誘発しても反省のない政権側と、これに対して弾劾罷免も辞さずという野党が正面から衝突する構図が生まれたのである。そうした中で、関心の高まりの結果として、中間選挙の場合は通常40%前後である投票率が今回は50.1%まで上昇した。これは過去100年における最高値であるという。

上院で共和党が善戦

 まず、全体的な結果であるが、上院(今回非改選を含む)では共和党が善戦して、定数100のところ、共和党53議席、民主党47議席となった。つまり改選前と比較すると、共和党が2議席伸ばした形である。反対に、下院では定数435のところ、民主党234議席、共和党199議席(本稿の時点では残り2議席が未確定)と民主党が大勝した。

 この上下両院でねじれた結果となった要因だが、まず上院に関しては人口比であるとか、一票の格差ということは全く考慮されず、各州の代表2人が任期6年で選出される。従って、中西部から南部の人口の少ない州で優勢な共和党は、支持基盤の中心がカリフォルニア、ニューヨークなど人口の多い州である民主党よりも有利である。加えて、今回の改選対象議席は民主党が圧倒的に多く、守りの選挙となったこともある。そんな中で、トランプ大統領は「カバノー判事承認」を追い風として、本来なら同政権に懐疑的であった宗教保守派を投票所に向かわせることに成功した。反対に、前々回の2006年にブッシュの不人気を受けて上院に当選した「保守州の民主党上院議員」たちは、カバノー承認という「踏み絵」を拒否したことで追い落とされた格好だ。

 一方の下院に関しては、国勢調査を受けて各州の定数は最新の人口比に調整されることから、全体の議員数は両党の得票率とは大きく乖離することはない。CNNの報道によれば今回の下院議員選挙における総得票数は、民主党が5952万5244票(53.2%)共和党が5051万6570票(45.1%)、つまり両党の票数の比率は1.18対1.0ということで、獲得議席比率の1.17対1.0にほぼ一致する。

 勝敗ということで言えば、単純な得票数と下院議席では、民主党が大差で勝利したわけだが、トランプ大統領が言うように上院での共和党の「勝利」ということもまた動かせない結果である。端的に言えば、「ゲームのルール」を熟知した政権が「カバノー承認」というドラマと、「移民排斥」というキャンペーンを使って、中西部の各州を押さえ、かろうじて「引き分け」に持ち込んだ、全体的な選挙の分析としてはそんなところだろう。

 では、各地域別の動向を見ていくことにしよう。まず、北東部とカリフォルニアだが、ここでは民主党が上院を手堅く押さえ、更に下院では大幅に議席を伸ばした。例えば、筆者の地元ニュージャージー州では、下院の12議席中5議席を確保していた共和党は4選挙区で惨敗して、1議席を残すだけとなっている。ニューヨーク州でも共和党は下院で3議席を落としたし、カリフォルニアでも6議席が民主党に移っている。この3州だけで、下院の13議席が共和党から民主党に変わっているのだ。

 そこには、トランプ政権の保守的なイデオロギーへの批判、グローバル経済を傷つけ、国全体の繁栄を危うくする経済政策への批判などに加えて具体的な要因がある。それは地方固定資産税納税者への「増税」という措置だ。2017年末に成立した「トランプ税制」は大規模な法人減税と富裕層中心の所得税減税から成り立っている。だが、その一方で住宅の資産価値に課税する地方固定資産税について、国税の恩典措置には上限が設定された。これは、こうした「リベラルな富裕州」に対する懲罰とも言える税制であり、今回の下院での選挙結果は、その「しっぺ返し」になったと見ることができる。

ラストベルトは民主が巻き返し

オルーク候補。選挙戦では、多額の資金が集められ使い切られたという(テキサスTV局のサイト記事)オルーク候補。選挙戦では、多額の資金が集められ使い切られたという(テキサスTV局のサイト記事)
 前回、2016年の大統領選では、「ラストベルト」つまり製造業が斜陽となっている五大湖地方が注目された。従来は民主党の票田であったこの地域に対して、トランプは「忘れられた白人層」の怒りを引き出してみせ、ヒラリー・クリントンの勢いを逆転することに成功したからだ。

 だが、今回の中間選挙では「異変」が見られた。例えば、大統領選の最後の決め手となった、ペンシルベニア州では上院、下院、知事の3選挙ともに民主党が勝利した。「ラストベルト」の象徴と言われるオハイオでは、引退するジョン・ケーシック知事の後任は共和党候補が勝ち、下院は引き分けた(議席移動なし)が、上院では民主党が勝利した。また、小さな政府論を掲げて毎回大統領候補にも擬せられてきたウィスコンシン州のスコット・ウォーカー知事(共和)の落選というのも大きなニュースだった。

 この「ラストベルト」における民主党のカムバックだが、「通商戦争」が原因という見方が多い。まず、自動車産業をはじめとする製造業は、関税引き上げ合戦でコスト高に苦しむとともに、対中国などの輸出の不透明感に襲われている。また、この五大湖地方というのは養豚のメッカであるし、また大豆の大量生産地であるが、いずれも中国が主要な輸出先であり各農場は大きなダメージを受けている。

 更に、南部の各州における選挙結果も注目される。まず、テキサス州における民主党の躍進という現象がある。最終的には共和党現職で元大統領候補のテッド・クルーズ議員にわずかに及ばなかったものの、民主党のベト・オルーク候補の善戦は、全国に鮮烈な印象を与えた。

 このテキサスの選挙結果だが、下院選挙区では定数36議席の中で新たに2議席を奪い13まで議席数を伸ばしている。また上院議員選でのオルーク候補は、勝ったクルーズ候補の50.3%に対して48.9%まで得票率で迫った。これは、ニューエコノミーに沸く同州に北東部やカリフォルニアから多くの企業が流入し、併せてリベラルな人口が移動してきていること、そして国境州という「当事者」ゆえに、トランプの「排外主義」が強く嫌悪されたことが指摘できる。

 テキサスにおける民主党の党勢拡大は大きなニュースだが、一方でジョージアとフロリダの選挙結果の評価は難しい。両州ともに、民主党はフレッシュなアフリカ系新人を知事候補に立てた。そして、ジョージアの知事選(上院は非改選)、フロリダの知事選、フロリダの上院選のいずれもが、極めて僅差の結果となり、一時は再集計の作業が進められたほどである。最終的にはいずれも民主党側が敗北を認めて、勝敗は確定したが、いずれの選挙も1%前後の差まで肉薄したのである。

 まず、ジョージアであるが、上院は非改選で知事選に注目が集まった。かつてジミー・カーター大統領を輩出した土地柄であるが、当時は民主党支持であった白人の宗教保守派が共和党支持にシフトした後は、強固な保守州という性格が出来上がっている。そのジョージアで、惜敗したものの「黒人票+リベラル票」が保守票に肉薄した意義は大きい。一方で、フロリダの場合は、元来が両党の拮抗した「スイング・ステート」という性格を有しており、今回は上院選と知事選の双方で激しいデッドヒートが繰り広げられたが、正にこの州の特性が現れたと言える。

民主に「オルーク待望論」

 中間選挙において、中西部の保守州で善戦したトランプ大統領は、あくまで「今回の選挙戦は勝利」だとして強気の姿勢を崩していない。確かに、小選挙区の下院では敗北したが、州単位の上院では反対に党勢を伸ばしたからだ。では、この勢いが2020年の大統領選に向けて続いていくのかというと、必ずしもそうとは言えない。というのは、大統領選というのは確かに「州単位」での戦いだが、一州1票ではなく、人口比によって変動する「選挙人」の獲得ゲームであるからだ。

 そこで問題になるのは、テキサス州における民主党の躍進である。最終的には共和党現職のテッド・クルーズ議員に惜敗したものの、ベト・オルーク候補の善戦は、選挙から1カ月を経た本稿執筆の時点でも依然として話題になっている。オルーク候補に関しては、「落選」したにもかかわらず「2020年の民主党大統領候補」としての待望論が盛り上がっている。

 この「オルーク待望論」だが、

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