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徴用工問題で隘路の日韓

「未来志向」紡ぎ直せるか

箱田哲也 朝日新聞論説委員(国際社説担当)兼編集委員

対話・熟議なき政治、外交

 慰安婦とはどういう存在で、どんな日々を送っていたのか。全体の規模や実態に関しては、まだわからないことが多い。一方で、日韓を中心とした研究によって、かなりの部分が明らかになってきた。真摯な研究成果は、日韓で重なる部分が非常に多い。そして、その成果が示しているのは、日韓の双方で出ている両極端な慰安婦イメージが、ともに認めがたい不都合な真実でもある。それはたとえば、慰安婦の大半が厚遇を受けていた売春婦であったかの言説であったり、朝鮮半島出身の慰安婦のほとんどが幼い少女で、物理的暴力的に連れて行かれたかのような「記憶」であったりする。

 相手が何を重く見て、何を訴えているのか。たとえ結論は異なるとしても、相手の主張を理解する必要は欠かせない。その土台となるのは、自国にとって有利不利を超えた、冷徹なまでの事実の認定である。

 声の大きな一部の世論と不正確な過去の事実認識は課題の解決を遠ざけるばかりだが、現在の日韓関係が抱える問題はそれだけにとどまらない。

 今回の徴用工判決や慰安婦問題の政治合意に対する冷ややかな対応など、いわゆる左派を支持基盤とする文在寅大統領の意向が強く反映されているのではないかとの指摘が日本で出ている。

 だが、2012年に大法院が原告敗訴とした2審判決を差し戻したのは、保守の李明博(イミョンバク)政権下だった。時の政権の政治理念というよりも、韓国の流れ自体がそういう方向に進んでいるとみるべきだろう。

 一方で、慰安婦合意に対する動きは、世論の流れに加え、文政権ならではの政治的判断が多分に影響している。文政権が最も重視するのは、朝鮮半島の安定、恒久的な平和定着であり、そのための北朝鮮との共同繁栄である。と同時に、朴槿恵(パククネ)・前大統領を弾劾・罷免に追い込んだ市民パワーによって生み出された政権との自負があるだけに、対北朝鮮政策も含め、前政権をことごとく否定する政策をとる格好になっている。前政権の数少ない実績の一つとも言える慰安婦合意は、それゆえに厳しい評価につながっている側面がある。

 だが、いざ文政権がかじ取りを担うことになると、慰安婦合意否定の代償は小さくなかった。外交は妥協の産物だが、その前線に立つ外交官自身が、日本を避けるようになった。過去の問題で難しい交渉を何とかまとめあげても、後に責任を問われかねないようなリスクの大きい仕事が敬遠されるのは必然だった。

 ただでさえ、最近の韓国の歴代政権では、国際社会における日本の地位の低下に伴い、対日外交への関心が薄らいでいたが、慰安婦合意を否定する動きはその流れを決定的に後押しする形となった。

 だが、これは決して韓国に限ったこととは言えない。

 かつて懸案が噴き出せば、日韓の大物政治家同士が額を合わせて事態を落ち着かせることもあったが、そんなパイプが途絶えて久しい。アジア外交で懐の深さをみせた日本の保守政治はすっかり鳴りを潜め、誰かと競うかのように近隣国への勇ましい言葉が飛び交う現状。韓国でも、90年代は珍しくなかった日本語が流暢な国会議員はいま、数えるほどしかおらず、代わりに英語圏で大学や大学院を出た政治家が目立つようになった。政治に対話や熟議の形跡は見当たらず、靖国神社や竹島(独島)に足を運んでは相手を刺激するという悪循環が続く。

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筆者

箱田哲也

箱田哲也(はこだ・てつや) 朝日新聞論説委員(国際社説担当)兼編集委員

1988年、朝日新聞入社。初任地の鹿児島支局や旧産炭地の筑豊支局(福岡県)などを経て、97年から沖縄・那覇支局で在日米軍基地問題を取材。朝鮮半島関係では、94年にソウルの延世大学語学堂で韓国語研修。99年以降、2度にわたってソウル特派員を務めた。2013年4月から現職。