池内恵(いけうち・さとし) 東京大学先端科学技術研究センター教授
1973年、東京都生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。日本貿易振興会アジア経済研究所研究員などを経て、2018年10月から現職。専攻はイスラーム政治思想史、中東地域研究。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社)、『シーア派とスンニ派』(新潮選書)ほか。
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
鍵はサウジの世代交代
今年の中東情勢の焦点はどのようなところにあるのだろうか。2018年10月2日にトルコ・イスタンブールのサウジアラビア総領事館で発生したサウジ人記者ハーショクジー(カショギ)氏殺害事件は、アラブの「大国」サウジアラビアの脆弱さを曝け出し、テロや宗派紛争など、ただでさえ不安定要因の多い中東に、さらに新たな別種のリスクの淵源があることを露わにした。この新たに顕在化したリスクのことを、試みに「暴君リスク」あるいは「第3世代リスク」と呼んでみよう。アラブ諸国の中で、これまでは相対的に安定していると思われてきた、地域大国として経済発展を牽引し、紛争の調停を主導することを期待されてきた産油国、その中でも筆頭の地位にあるサウジアラビアが、指導層の世代交代という危険な時期に差し掛かっている。
これはイスタンブールでの不可解で猟奇的な事件にムハンマド皇太子自身がかかわっている疑いが濃厚に持たれている、という近年の特殊な事件に便乗した分析ではない。「アラブの春」以来の中東情勢の変動、中東国際秩序の再編という文脈において、なかば必然的に問われる構造的な問題であり、イスタンブールの事件をきっかけに一気に噴出したものと言える。