メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

天皇制の謎と民主主義

「基盤装置」の危うい未来

大澤真幸 社会学者

影響力の範囲・直属の軍事力

 日本の天皇制が特異なのは、こうした時間的な継続性に関してだけではない。その空間的な広がりに関しても、それは例外である。今しがたも示唆したように、王権自体は、一般的に見られる社会システムである。細部を省略して基本的なことだけを述べれば、天皇は、呪術や神話を権威の源泉とする、比較的原初的なタイプの王に属する。たとえば、『古事記』や『日本書紀』などのテクストのかたちで自身の正統性を公言している点では、天皇制は、最も原初的な王権や首長制よりも複雑なシステムだが、なお呪術王の系列に属している。このようなタイプの王権は、めずらしくはない。

 特異なのは、その影響力の範囲である。今、前近代の天皇制の影響力が、最終的には(北海道を除く)日本列島のほぼ全域にまで及んでいたと考えると、この広がりはやはり破格である。原初的な王権がその権力や影響力を及ぼしうる範囲は、一般にそれよりもはるかに狭い。人々が王の存在をありありと実感できる範囲を、大きく超えることができないからだ。たとえばもし天皇制の影響力の範囲が、せいぜい畿内に留まっていたとするならば、(原初的なテクストだけをもつ)呪術王が支配する領域としてごく普通だと見なされたであろう。しかし、曲がりなりにも天皇制を受け入れ、尊重していた社会的領域が、最終的には、日本列島のほぼ全域だったとすると――中国の皇帝の支配が及んでいた領域と比べれば著しく小さいとはいえ――、それは、呪術王の支配領域としては例外的に大きい。

 天皇制のもうひとつの顕著な特徴は、直属の軍隊をもたない、ということである。古代の天皇は、直接的に動員しうる軍事力をもっていた。しかし、ある時期(平安時代のごく初期)以降、天皇は軍事力とは切り離された。それゆえ、天皇や朝廷は軍事的にはきわめて弱かった。軍隊とのこのような(無)関係という伝統は、今日の天皇制にも受け継がれている。もちろん、現在の象徴天皇が、軍隊(自衛隊)から切り離されているのは、直接的には、大日本帝国憲法の下で天皇が統帥権をもっていたことに対する反省からである。が、今述べたように、むしろ、天皇自身が、軍隊の最高指揮権を握っていた明治以降の体制は、天皇制の歴史にとっては例外である。軍隊から切り離されている戦後の天皇は、天皇制の常態への復帰だと解釈することができる。

 これは、日本の天皇制とヨーロッパの王権との顕著な違いのひとつである。ヨーロッパの現代の君主は、すべて軍隊と直接的に結びついている。たとえば、イギリスの国王もスペインの国王も、軍の最高司令官である。単に形式的にそのような地位が与えられているだけではない。彼らは、正式に軍事教育を受け、軍の関係者と親密な関係にある。たとえば、イギリスの王室の男子は、軍事訓練を受けることになっている。ウィリアム王子もヘンリー王子も、サンドハースト王立陸軍士官学校を卒業しており、彼らの父チャールズ皇太子とともに、軍との間に強い紐帯を維持している。

 要するに、歴史的に見て天皇制はきわめて特殊な王権であり、多くの謎に満ちている。この謎を、ここで解くつもりはない。ただここでは、天皇制の独特の性質を銘記した上で、現代の天皇制について考えてみたいだけだ。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

大澤真幸

大澤真幸(おおさわ・まさち) 社会学者

1958年、長野県松本市生まれ。東京大学大学院社会学研究科修了。社会学博士。千葉大学助教授、京都大学大学院教授等を歴任。『ナショナリズムの由来』(講談社)、『自由という牢獄』(岩波書店)、『社会学史』(講談社現代新書)、『コミュニケーション』(弘文堂)等、著書多数。個人思想誌『Thinking「O」』(左右社)主宰。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです