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神聖天皇から象徴天皇へ―なお続く課題―

島薗進 東京大学名誉教授、上智大学教授、宗教学者

昭和天皇の人間宣言

拡大1985年、貴重国政資料展に展示された天皇の詔書。1946(昭和21)年1月1日に発せられ、天皇の人間宣言といわれる

 「神道指令」の半月後の1946年1月1日、「新日本建設に関する詔書」と呼び習わされている昭和天皇の言葉が官報号外で公表された。「神道指令」に盛り込めなかった天皇の神聖性の縮減を意図したものである(拙稿「敗戦と天皇の聖性をめぐる政治」吉馴明子他編『現人神から大衆天皇制へ』刀水書房、2017年)。新年にあたって公表された1千字近くに及ぶ長い文章のうち、「天皇の人間宣言」といわれるのが次の部分だ。

惟(おも)フニ長キニ亘(わた)レル戦争ノ敗北ニ終リタル結果、我国民ハ動(やや)モスレバ焦躁ニ流レ、失意ノ淵ニ沈淪(ちんりん)セントスルノ傾キアリ。詭激(きげき)ノ風漸(ようや)ク長ジテ道義ノ念頗(すこぶ)ル衰へ、為ニ思想混乱ノ兆アルハ洵(ここ)ニ深憂ニ堪(た)ヘズ。
然(しか)レドモ朕(ちん)ハ爾等(なんじら)国民ト共ニ在リ、常ニ利害ヲ同ジウシ休戚ヲ分タント欲ス。朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯(ちゅうたい)ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依(よ)リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非(あら)ズ。天皇ヲ以(もっ)テ現(あきつ)御神(みかみ)トシ、且(かつ)日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延(ひい)テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ。

 太平洋戦争に至る日本は、「日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延(ひい)テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ス」という傲慢な意識があったことを自認している。また、「神道指令」でも超国家主義と軍国主義に動かされたことをはっきり指摘している。ここでは、そうした観念が「架空ナル観念」であるとしている。「単ナル神話ト伝説」によって「天皇ヲ以(もっ)テ現(あきつ)御神(みかみ)」とする観念が強制されたことの誤りを省みているのだ。

天皇の人間宣言の限界

 ここでは、神聖天皇を天皇自らが否定している。ただ、「新日本建設に関する詔書」の冒頭には「顧ミレバ明治天皇明治ノ初(はじめ)国是トシテ五箇条ノ御誓文ヲ下シ給ヘリ」とあり、明治天皇が神前で誓った五箇条の御誓文が引かれていて、一定の範囲で神聖性を保つような文言になっている。その一方で、「朕(ちん)ハ爾等(なんじら)国民ト共ニ在リ」「朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯(ちゅうたい)ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依(よ)リテ結バレ」という言葉に、人間としての天皇は国民と「信頼と敬愛」によって結ばれるという理念が示されている。

 この新たな理念が日本国憲法の「象徴としての天皇」へ引き継がれていき、平成の天皇の「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」(2016年)にも受け継がれる。いちおう「天皇の人間宣言」は一つの方向性を指し示したということは言える。

 しかし、「天皇の人間宣言」は天皇個人の意思表示にすぎず、法的拘束力のある文書ではない。人間宣言から1年以内に内容が固まっていく日本国憲法においても、天皇の神聖化に大きな問題があったということは、なお十分に明確になっていない。「象徴天皇」という規定は神聖天皇ではなく人々と「信頼と敬愛」の関係にある人間天皇という意味が含まれていると考えることもできるわけだが、それを確認することは戦後の日本国民にとっての課題として持ち越されたのだ。

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筆者

島薗進

島薗進(しまぞの・すすむ) 東京大学名誉教授、上智大学教授、宗教学者

1948年、東京都生まれ。医学部進学コースの東京大学理科Ⅲ類に入学したが、東大医学部闘争に遭遇。文学部宗教学科に変更し、卒業。同大学文学部宗教学科教授を経て現職。上智大学グリーフケア研究所所長も務める。著書に『日本人の死生観を読む』(朝日選書)、『国家神道と日本人』(岩波新書)など多数。