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移民をチーム日本に迎えるには

「在日ブラジル人1世」の提言

Angelo Ishi 武蔵大学社会学部教授

 本特集の主題は4月に施行された改正入管法を機に「移民(外国人)をどう受け入れるか」を考えることだという説明を受けたが、あえて19年前(2000年)の雑誌記事の比較から話を始めたい。今の盛り上がりぶりには足元にも及ばないが、その当時も日本で移民を受け入れるか否かという論争が展開されていた。Newsweek英語版は表紙に「The Japan that can say yes」(「イエスと言える日本」)と打ち出した。興味深いのは、同時期に発行された「ニューズウィーク日本版」(Newsweekの記事を日本語に直訳するとは限らず、独自に編集する)の見出しでの、微妙だが決定的な表現の違いである。そこには「移民にノーと言えない日本」と綴られていたのである。

 なぜ、素直に「移民にイエスと言える日本」と書かなかったのか。この見出しが1989年出版の石原慎太郎(後に東京都知事)と盛田昭夫(ソニーの創業者)の名著『「NO」と言える日本』(英語版のタイトルはThe Japan that can say no)をなぞっているため、「ノー」という単語を用いたほうが読者に連想されやすいだろうという判断が働いたのだろう、というのが最も単純な解釈である。しかし、私は別の解釈をしている。それは、この国に真の開国派はほぼ存在せず、移民受け入れの「賛成派」を名乗る者でさえも、やむを得ず受け入れなければならないという「消極的な承認」が多数を占めるという状況を、日本版の編集部は察知していたという仮説である。空気を読み取っていたのか、それとも無自覚だったかは別として、結果的に日本版のタイトルは的確に世論の本音に寄り添っていた。そして「〝開国〟への歴史的な転換」が騒がれる2019年現在も、この本音は根本的には変わっていないというのが私の見解である。

〝開国〟への関心の高まり

外国人労働者の受け入れを拡大する改正出入国管理法が施行された4月1日の各社の紙面

 では、19年前に比べて何が最も変わったのだろうか。それは紛れもなく、この問題への草の根レベルの関心が一気に高まったことである。私が最近登壇したこのテーマに関する2つの公開シンポジウム(注1)を例に取っても、200人の参加者が集まって主催者を驚かせていた。主催者たちによれば、これまでと比べて明らかに幅広い層(とりわけ若い世代)の人々が集まり、初めて移民というテーマに興味を抱いた「にわか関心層」が相当の割合を占めたそうだ。

 流通する情報の「量」が増えれば「質」に繋がりやすいということを考えれば、圧倒的に報道量が増えたことは、それ自体に何らかの効果が期待できそうだ。これまでは、大学の授業で「日本には何人の外国人が在住していると思いますか」とクイズ形式で聞くと、桁違いの誤った答えが飛び出していた。また、東日本大震災後に日本各地からボランティアに駆けつけた在日ブラジル人の支援を受けた東北地方の被災地のリーダーが感謝の挨拶で「世界からの、ブラジルからの支援に感謝する」と述べたのを聞いて衝撃を受けたこともある。これは端的に、一般市民の間で「多くのブラジル人が日本に住んでいる」という基礎知識がなく、かつ、その人たちは助けを必要とする「かわいそうな弱者」であるとは限らず、さらに、彼らは「同胞が被災していなくても同じ日本で苦しんでいる人がいれば、貢献したい」人々だという想像力が働かなかったのであろう。

 最近の「情報の洪水」によって、市民の在住外国人に関する「リテラシー」は確実にレベルアップする。その底上げがこれから来日する外国人労働者に限らず、すでに在住している外国人の人権擁護と労働条件・生活環境の改善にどう繋がるか、注目したい。

 メディア報道が圧倒的に増えたから国民の関心が高まったのか、それとも国民の関心が高まったのに合わせてメディアがこのテーマに関する報道を増やしたのか。卵が先か鶏が先かという因果関係を見極めるのは難しいが、私はやはり、報道量の激増が「無関心層」を呼び覚ましたのだと考える。その意義は大きい。ただし、本稿ではマスメディアへの様々な注文や苦言も呈したい。粗探しや「無い物ねだり」のように聞こえるかもしれないが、本誌はメディアに関心を抱く読者が多く、せっかくの機会なので、お許し願いたい。合わせて4月施行の入管法改定や「外国人材」受け入れ政策に関する提言も幾つか示したい。まずは、簡単な自己紹介から始めよう。

「国民」ではないけれど

 私は「日系ブラジル人3世」、あるいは「ブラジル出身の日系3世」と紹介されることが多い。これは客観的事実としては正しい。確かに私の祖父母は戦前に日本からブラジルに移住した日系1世、両親はサンパウロ州内陸の日系移住地で生まれた日系2世、私はサンパウロ市で生まれ育った3世ということになる。しかし、私は自己紹介の際、日本社会に対する情報発信の手段として、「在日ブラジル人1世」と名乗っている。それは決して自分の「日系」としてのルーツを否定したいからではなく、むしろ自分が日本にずっといる(少なくともそのつもりでいる)人間、すなわち「日本社会の一員」であることに注意を促したいからである。なぜ、この点を強調したいのか。それは「日本人」の特権と見なされる「国民」という概念では常に蚊帳の外、よそ者扱いになりがちな状態を打破し、「チーム日本」への「仲間入り」を果たしたいからである。

 新聞の社説やコラムで「国民」や「我が国」という言葉を見かける度に、そしてテレビの解説やインタビューで「やっぱり日本人として生まれて良かった」とか、「これは日本人にしか分からないよね」という言葉を聞かされる度に、外国人は強烈な疎外感を味わうのである。以上のような表現は無害だと過小評価(あるいは正当化)されがちだが、「日本人/外国人」の二分法が当然視され常識化されてしまうと、報道で「外国人犯罪」という言葉が使われても、メディア関係者も一般市民も感覚が麻痺して何ら違和感を抱かなくなる。「我が国」ではなく、「この国」もしくは「日本」というふうに言い換えるという、ちょっとした工夫と配慮によって、日本語が読める多くの移民(外国人)の疎外感はずいぶん軽減されるはずである。ついでに言えば、移民を「受け入れる」かどうかという表現自体、ある種の優越感を伴っており、移民をどう「迎える」かという表現がより前向きだということも記しておきたい。

 確かに私は「移民」であり「外国人」であるが、「日本社会」の一員として、そしてそれ以前に東京という都市に惚れ込んで愛して止まない「東京人」として、(サッカーでブラジルと日本が対戦した場合は迷わずブラジルを応援しながらも)来年の東京オリンピックの成功を祈る一人である。私は「日系」だから日本に「愛国心」を抱くわけではなく、活動に制限のない在留資格で日本に長く住み続けることができたおかげで、「住めば都」で日本が好きになったのである。しかし、4月に始まった改正入管法は、このようにじっくり時間をかけて日本と向き合い、関係を深めるような長期滞在を想定していない。安倍総理がいみじくも「これは移民政策ではない」とシラを切ったこの新制度では、最も多くの業種で大多数の受け入れが予想される「特定技能1号」の在留資格は最長5年の期限付きである。そして熟練した技能が要求される分、資格更新に上限が設けられていない「特定技能2号」の場合も、転職が認められているものの、退職から3カ月を過ぎても特定技能に該当する活動を行っていない場合は、在留資格の取り消し手続きの対象になり得る。このような厳しい条件では、来日した人々の意識は自ずと移住先より出身国に向いてしまいがちである。

見直すべき「家族の帯同」の禁止

母国の教育を受けるブラジル人学校の子どもたち=2018年11月、群馬県

 私は入管法が改定された1990年に、サンパウロ市の日本国総領事館で試験を受け、文部省(今の文部科学省)の奨学金で留学した。日系ブラジル人のデカセギ者に関する社会学的研究が目的だった。その当時も今と変わらず、日本政府は「移民」を受け入れているわけではない、「移民政策ではない」という屁理屈を豪語し、「日本にゆかりのある日系人が日本で長期滞在しやすいために、働くことも可能な、活動に制限のない在留資格を付与する」というタテマエで実質的な人手不足解消法をとっていた。この4月の入管法改定は、これまで留学生や技能実習生を実質的には労働力確保に利用してきた「まやかし」を是正するためだというが、そのはるか以前から、すでに「日本人の配偶者等」や「定住者」という在留資格名のもとに、南米出身の「日系人」が受け入れ態勢ゼロの「外国人労働者=移民」として雇用の調整弁になっていた。

 短期間でブラジルに帰国してくれるだろうと期待された日系人の大多数は日本に残留した。そして今や、彼ら彼女らの6割が永住者だ。日本に帰化して統計上は法務省の「在留外国人数」から消えた人々も少なからずいる。私を含む約20万人のブラジル国籍者が日本への定住・永住を決心した大きな理由は、最初から家族を呼び寄せることが許されたからである。高齢化した親世代、働き盛りの夫婦と学齢期の子どもという3世代で日本にマイホームを構えている家族は決して珍しくない。社会的コストを差し引いても、税収面では十分過ぎるほど日本経済は潤っており、国益に適っていると断言できよう。

 もう、何を訴えたいか察していただけただろう。新制度における特定技能1号の該当者への「家族の帯同」の禁止を早急に見直していただきたいのである。同時に、昨年新設された日系4世への新しい在留資格での「家族の帯同」の禁止条項も解禁していただきたい。現状では「日系人」として日本で生活できるのは2世と3世までで、これまで日系4世は(未成年で扶養家族である場合を除き)他の外国籍者と同等扱いであった。日系社会の要望に応え、いちおう日系4世ビザが新設されたものの、その条件は恐ろしく厳しいもので、ワーキングホリデービザを踏襲している。中でも理不尽なのが、配偶者や子が同行できないというルールである。案の定、4世ビザ取得者は昨年末時点でまだ1桁だという。

日本の内需拡大のためにも

 家族の帯同は何も人道主義的な観点から望ましいという話に留まらない。そのほうが移民の社会統合や職場での生産力向上にも好都合であるということに気づかなければならない。おそらく家族の帯同を禁じている理由は、「労働者なのだから仕事に集中してもらいたい」、「子どもなど連れて来られると、教育などの対応が発生して困る」という単純かつ貧しい発想からであろう。しかし、家族が来日したほうが、労働者は精神的に安定し、病気の発生率は低下する。それこそ、仕事にもっと集中できる。家族を母国に残していれば、日本で稼いだお金は「送金」という形で海外に流出してしまうが、日本で同居していれば、国内でその金を消費し、内需拡大にも繋がる。これは何も私の空想ではなく、制度設計者が日系人の事例を教訓にすれば、実証済みの現象である。1990年代に来日したパイオニアたちは単身での渡航が多く、食費も切り詰め、贅沢を惜しんで貯金ばかり追い求めたために、身体も心も壊れる人たちが続出した。あの頃、最も儲かったのは国際電話会社だ。家族を呼び寄せる人が増えるにつれて、日本での日常生活は安定し、人生で最も大きな買い物である住宅を日本で購入する人も増えた。多くの地域では、

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