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泥縄式の労働開国で地域にひずみ

「新 移民時代」取材班が見た実情

坂本信博 西日本新聞記者

 ヒマラヤ山脈の麓の国、ネパール。今年2月、土ぼこりが舞う首都カトマンズを約2年ぶりに訪れた西日本新聞社会部の記者は、郊外の雑居ビルの壁に日本語と現地語でこう書かれた真新しい看板を見つけた。「日本の黄金の仕事の機会」――。昨年12月に日本で出入国管理及び難民認定法(入管難民法)が改正されたのを受けて、現地の介護人材仲介業者が掲げた広告だった。

紙面1 2019年3月2日付 西日本新聞朝刊社会面
 現地紙は、今回の法改正について「日本がネパール人労働者にブルーカラービザ(現場作業労働ビザ)を与える」「留学は費用が最低120万㍓(約120万円)かかったが、ワーキングビザはお金を払わずに行けるようになるよう願う」「月給は15万㍓(約15万円)以上になりそうだ」などと報道。アジアの最貧国の一つである現地では、期待を膨らませて日本語を学ぶ貧困層が急増し、日本語学校が「特需」に沸いていた(紙面1)。

 そして4月、日本を名実ともに「外国人が働ける国」へ転換し、「労働開国」にかじを切る改正入管難民法が施行された。国籍や文化の異なる人々が同じ地域社会で暮らし、働く、新たな「移民時代」が、いよいよ本格化するのだろうか。

 本稿では、社会部デスク・遊軍キャップとして携わった西日本新聞のキャンペーン報道「新 移民時代」を紹介し、外国人労働者と共に生きる社会をつくるための課題について考えていきたい。

リトルカトマンズの若者

 西日本新聞が外国人労働者問題に取り組んだきっかけは2016年9月、社会部で同僚記者が口にした何げない話題だった。「福岡市の一角に、ネパール人の若者たちが身を寄せ合って暮らすリトルカトマンズがあるらしい。『国際通り』って呼ぶ人もいるそうだ」

 確かに、福岡市内で中国語や韓国語とは異なるアジアの言葉を耳にしたり、深夜の居酒屋やコンビニエンスストアで働く褐色の肌の人々を見かけたりすることが、ここ数年で急に増えた。法務省入国管理局に聞くと、日本で暮らすネパール人の増加率は福岡県が全国でも突出して高く、過去10年間で19倍に激増していた。「おもしろそうだね」。社会部に取材班を結成し、彼らの実態を調べ始めた。

 取材班はネパール人の若者から、アルバイト先に通うための送迎バスの時刻表を入手し、乗り場である福岡市内のJRの駅前でバスを待った。夕刻、南アジア系の若者がぽつぽつと集まり、複数のバスに乗り込んでいく。駅を利用する日本人の会社員も客を待つタクシー運転手も、気に留める様子はない。

 「最初は気味悪かったけど、4、5年前からどんどん増えてきて、もう慣れたよ」。毎日、買い物で駅前に来るという70代の男性は、彼らを横目に通り過ぎた。

 取材班は手分けして送迎バスを追った。1台がたどり着いたのは、福岡市郊外の運送会社の仕分けセンターだった。働く人の9割がネパール人留学生で、バイトリーダーも任されていた。

 別のバスは、コンビニ弁当の工場に着いた。労働者の9割が外国人で、うち8割がベトナム人、残り2割がネパール人。屋内の掲示物には両国の言葉が併記されていた。バイトを掛け持ちして月25万円稼ぐ若者がいた。深夜はその工場で働き、昼間はコンビニのレジで働いて、自分が作った冷やしうどんを売っているという冗談のような本当の話もあった。

 バスを追い、内部資料を入手するような取材をした理由は、運送会社もコンビニも、多数の留学生が働いているにもかかわらず取材を断ってきたからだ。多くの留学生が入管難民法に基づく留学生の就労制限(原則週28時間以内)を超えて働いているのを隠すためのようだった。

 しかし、日本の若者が敬遠するそれらの職場で、留学生たちが欠かせぬ戦力になっている実態は、もはや隠しようもない段階にまで来ていた。

甘言に誘われる出稼ぎ留学生

紙面2 2016年12月7日付 西日本新聞朝刊1面
 日本で暮らす外国人の実像や、彼らなしには成り立たない日本社会の現実を、アジアの玄関口・九州から見つめ、共生の道を探ろう――。

 キャンペーン報道「新 移民時代」は16年12月から始まった。朝刊の1面トップを飾った最初の記事には「暮らしの隣『移民』100万人」という見出しを付けた(紙面2)。

 この年、日本国内の外国人労働者が初めて100万人を突破。その後は年20万人のペースで増え続け、17年10月には128万人、18年10月には146万人を記録した。

 その2割は留学生だ。日本での進学や就職の夢を抱いて発展途上国から来た彼らの多くは、アルバイトなしでは学費や生活費が賄えない。就労制限を守れば生活が困窮し、破れば摘発対象となるジレンマを抱える。

 24時間営業のコンビニでいつでも弁当が買え、オンラインショッピングですぐに商品が届く便利な暮らし。外国人受け入れに反対の人々も含め、多くの日本人が彼らの恩恵を受けているのだ。

 首都圏なら深夜アルバイトで時給1800円の職場もあり、週28時間の就労制限の範囲内で九州の倍の収入も可能だ。しかし、最低賃金が低い地方ではそうはいかない。留学生の苦境が東京ではあまり注目されず、西日本新聞が九州から問題提起した理由の一つもここにある。

 なぜネパールからの留学生が急増しているのか。これも取材班が疑問に思った点の一つだった。16年12月、現地に飛んだ社会部記者は、留学ビジネスの過熱ぶりを目の当たりにした。

 カトマンズの学生街「バグバザール」。全長1㌔足らずの通りの両側に5、6階建てビルが立ち並び、壁面は語学学校のカラフルな看板で埋め尽くされていた。欧米や韓国向けもあるが、圧倒的に多いのは「JAPAN」の文字。満開の桜を背景に和服姿でほほえむ若い日本人女性や、アイドル風の女性のイメージ写真が添えられていた。ネパール教育省によると、当時国内の語学学校は登録校が560、未登録が1500に上り、日本語学校が最も多いという。

 送り出し先として東京、大阪、名古屋、福岡、鹿児島などが紹介されていた。「授業料無料」「留学費用ローン完備」「100%仕事」「成績が悪くてもノープロブレム」と掲げているところもあった。実態は、日本語を話せない経営者やカタコト日本語教師もいて玉石混交。偽装書類を作って摘発された経営者が看板を代えて営業し、日本語教師がいないのに「日本留学」を掲げて留学生を集めていたケースもあった。

 「日本に行けば楽に稼げる」という業者の甘言に誘われ、100万円以上の借金を抱えて来日する若者が多い。日本に来ても苦しい生活に耐えきれず「偽装難民」と化す若者がいる。彼らを食いものにする「名ばかり学校」も現地や日本国内に存在する。日本政府の「留学生30万人計画」で乱立した両国の日本語学校は玉石混交。そんな実態を「出稼ぎ留学生」「留学ビジネスⅠ~ネパールからの報告」「留学ビジネスⅡ~学校乱立の陰で」の連載3シリーズで報じた。

過酷労働を強いられる実習生

 146万人の外国人労働者のうち、別の2割は、技術習得を目的に来日した外国人技能実習生だ。日本人の担い手の減少が止まらない農業や漁業、製造業、建設業などの現場で不可欠な戦力となっている。

 例えば、かつお節。宮崎県沖の日向灘でインドネシア人実習生が釣ったカツオを、鹿児島県枕崎市の工場で中国人実習生が加工している。アジア各国から来日した若者たちが和食文化を支えている。熊本地震の復興、20年の東京五輪に向けた建設ラッシュ……。多くの工事現場でも実習生たちの姿を目にする。

 かつては最低賃金すら保証されず「現代の蟹工船」と批判された実習制度は、少しずつ改善されてきた。とはいえ、低賃金で単純労働を担い、転職も家族の帯同も許されない。過酷な労働現場を取材するなかで、「現代の奴隷労働」とも指摘される人権侵害も見聞きした。

 ベトナムから来日した20代の男性は「僕は動物じゃない」と記者に訴えた。受け入れ先の建設会社で毎日のように怒鳴られ、殴られた。日本語がよく分からず、理解できたのが「ばか」「国に帰れ」。日本人の同僚からカッターナイフを投げつけられたこともあったという。

 母国で実習制度に応募したときは、とび職と聞いていたが、実際はシートで養生された部屋で、壊した天井を袋に詰める仕事ばかり。「日本人はマスク着ける。僕、着けない。何で?」。袋の文字をパソコンで調べると、有害なアスベストだった。それでも帰国できないのは、来日までの準備金として150万円の借金をしたから、と彼は嘆いた。連載第4部のタイトルは「働けど実習生」。

 目を凝らさなければ見えない「移民時代」の実情が、取材で浮き彫りになっていった。

親しい日本人はいない

 日本は長年、建前上は労働移民を認めない「移民鎖国」を続けてきた。安倍晋三首相も国会で「いわゆる移民政策はとらない」と繰り返してきた。

 移民について、国際的な法的定義はないが、国連経済社会局が「長期的または恒久移住と呼ぶのが一般的」とする「国内で1年以上居住する外国人」は、増加の一途だ。経済協力開発機構(OECD)の国際移住データベースを基に「移民の流入」(外国籍者の流入)の数を見ても、加盟35カ国のうち日本は10~11年の第7位から12~14年は第5位、15~16年は第4位と徐々に上昇していると分かった。

 留学生30万人計画も実習制度も、政府の建前は先進国日本による国際貢献だ。だが、人口減と少子高齢化で人手不足が深刻化する日本社会を支えるため、「発展途上国の安価な労働力で穴埋めしたい」という本音が透けて見える。建前と本音のひずみが、留学生の不法就労や実習生の過酷労働の温床となっている。移民がいるのにいないふりをする「移民ネグレクト」こそが日本の国策ではないのか。

 外国人を労働力としか見ず、

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