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県民投票の結果を反映するために

問われる日本の民主主義と報道姿勢

元山仁士郎 「『辺野古』県民投票の会」代表

私の1年より、沖縄の50年

 私が県民投票への模索を知ったのは一昨年2017年の11月9日だった。大学の学部の頃にお世話になっていた成蹊大学法科大学院の武田真一郎教授から県民投票の話を聞いた。端的に言うと、知事の埋め立て承認撤回を後押しするために県民投票が必要だという説明を受けた。武田教授は沖縄県を支援する全国の行政法研究者や弁護士からなる辺野古訴訟支援研究会のメンバーの一人でもあり、2000年に徳島市で行われた吉野川の可動堰計画の是非を問う住民投票の経験も持っていた。

 辺野古新基地建設をめぐる県民投票の議論は2016年から行われていたが、発議権を持つ知事や議員からはなかなか具体的な動きは起きず、かつ知事や議員が動いたのでは〝政治的〟とみなされかねないことから、県民が主体となる必要性を説かれていた。私は、武田教授から話を聞くまで中学・高校の授業で習う程度の直接請求の知識しかなかったが、教授の言う法的な意義だけでなく、歴史的・社会的な意義があると直観し、その日から県民投票に向けて少しずつ準備を始めた。

 2017年の12月上旬に「辺野古県民投票を考える会」を立ち上げ、12月27日に那覇市内で勉強会を開催した。やはり県民投票に関心のある市民は多く、100名ほど入る会場が満杯になった。その後は、2018年2月4日に行われた名護市長選挙を見守っていた。稲嶺進氏が3千票余りの差で渡具知武豊氏に敗れ、チルダイ(落胆)ムードに包まれながらも、県民投票の必要性はますます高まっていると感じた。3月4日に勉強会を名護市で開催し、約30名が参加。3月5日には辺野古キャンプ・シュワブゲート前でも勉強会を開き、約100名が説明を聞いた。懐疑的な意見もあったが、説明を受けると納得した表情の人が多いように見受けられた。

 その間、名護市長選挙後には、建設や小売り・流通業などを手がける「金秀グループ」の呉屋守将会長が、翁長知事を支持する「オール沖縄会議」の共同代表を辞任する意向を伝えた。理由は、名護市長選の責任を取るということと、「オール沖縄会議」では県民投票の検討すらされなかったことだった。この報道を受けて私は金秀本社に電話をした。日程の都合がつかず一度断られたが、3月中旬に先方から連絡があり、3月末に面談することとなった。面談ではぜひ一緒に実現しようと賛同いただいた。大学院を休学するかどうか悩んでいたが、この返事で県民投票の実現性が高まったと感じ、休学を決意する後押しとなった。私の1年よりも、50年先の沖縄の人々に活きる共通体験をいまつくりたいと思った。

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筆者

元山仁士郎

元山仁士郎(もとやま・じんしろう) 「『辺野古』県民投票の会」代表

1991年生まれ。沖縄県宜野湾市出身。国際基督教大学教養学部卒業。現在、一橋大学社会学研究科修士課程に在籍し、法政大学沖縄文化研究所奨励研究員も務める。SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)やSEALDs RYUKYUの立ち上げ/中心メンバー。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです