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建設的ジャーナリズムとは何か

ネガティブ性払拭へ  権力監視との共存必要

清水麻子/林香里

公共放送での客観・中立性は?

 BBCが参加しているのは、建設的ジャーナリズムではなく課題解決型ジャーナリズム(ソリューション・ジャーナリズム)である。

 建設的ジャーナリズムと、課題解決型ジャーナリズムの目的は共通しており、メディアに内在する「ネガティブ性」を払拭し、市民を巻き込んで考え、現実の社会問題を解決に導くことにある。しかし、それらの定義や実践形態は少し違っている。

 課題解決型ジャーナリズムを推進するソリューション・ジャーナリズム・ネットワークでは、そのハンドブック「The Solutions Journalism Toolkit」で、「ソリューション・ジャーナリズムではない7タイプの記事」をあげ、それ以外の解決策を導くジャーナリズムをソリューション・ジャーナリズムであると定義している(表)

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 ソリューション・ジャーナリズム・ネットワークは、自らが進める課題解決型ジャーナリズムを、特定の組織や機関、特定団体のアイデアを「擁護」(Advocating)したり、「提灯記事」(Puff piece)を書いて取材相手をいい気分にさせたりするものではないとしている。BBCは、この考えを踏襲しており、課題解決型ジャーナリズムを担当するエミリー・キャスリエル氏からは、社内で適用している指針と手順が公表された(図2)

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 こうした課題解決型ジャーナリズムや建設的ジャーナリズムの取り組みは、これまでのジャーナリズムの在り方を変えるものだ。「客観・中立」を金科玉条のように唱えてきた旧態依然の体質があるテレビ局や新聞社にとっては大きな挑戦である。

 欧米においても、ジャーナリズムは「客観・中立であるべきである」という規範が根強く存在しているが、こうした規範を重んじる風土の中で、市民をアクティベートすることに踏み込んだ新しいジャーナリズムに、公共放送が積極的に参入している点は興味深い。

 建設的ジャーナリズムや課題解決型ジャーナリズムの提唱者たちは、「現実を多角的に報道する私たちの取り組みこそが客観・中立ジャーナリズムである」と主張する。しかし、市民の側に一歩踏み込んだジャーナリズムであるのだから、客観・中立とはいえず、偏向報道だと捉える反論もありそうである。

 この点について、ソリューション・ジャーナリズム・ネットワークの関係者からは、「導入のメリットを伝えても、『アドボカシー』と癒着することを恐れて導入を断る報道機関もあった」という米国の内実が明かされた。

 アドボカシー(Advocacy)という言葉に明確な定義はないが、一般的には、自分以外の人の信念を擁護したり、特定の思想やイベント、人物への支持を表明したりする活動を指す(Fisher 2016)。近年、日本では、社会的弱者の権利擁護や政策提言などの意味で使われているが、NGOやNPOなどの特定の団体の利害や企業利益に繋がることもあることから市民運動や企業PRなどと同一視され、ジャーナリズムからは煙たがられる存在でもある。

 しかしニュース番組や記事は人間が作る以上、客観であろうとしてもどうしても主観性が入るものである。つまり厳密にいえば、テーマや取材対象者選択の主観性やアドボカシーは、コンテンツの中から完全には取り除くことができない。そうであるなら、日本のアカデミズム界でも長らく中心テーマであり続けた「ジャーナリズムは客観中立であるべきか/主観性に踏み込むべきか」という問いは、それほど意味をなさないのではなかろうか。

 日本ではこれまで長らく「良いジャーナリズム/悪いジャーナリズム」の境界線が、「客観」と「偏向」の線引きと重ねられてきたために、「善き事に繋がるための偏向とは何か」の考察がなされてこなかった(林2011:49)。

 これまでの報告で見てきたように欧米ではすでに、「善き事に繋がるための偏向」に向けて、実践の現場から果敢に舵が切られている。日本においても、客観・中立の枠を外し、未来志向のジャーナリズムの在り方を考えていくべきときに来ている。

今 後、未来志向のジャーナリズムを考えるにあたって鍵を握ると思われるのが、ジャーナリズムに内在するアドボカシーの度合いである。「あからさまで意図的な偏向」から「微妙な偏向」などそのグラデーションの存在を考慮したうえで(Fisher 2016)、「善き事に繋がるための偏向」を前向きに探ることが必要であろう。その際、「善き事」の定義をいかにするか。それこそが、各ジャーナリストの知識や経験に基づくはずで、そこで能力と見識が問われるわけである。

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