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小説だから描き出せる真実がある

社会や世界の仕組みがわかる小説10冊

真山仁 小説家

時間も場所も飛び越えて体験

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 私は小学生の頃から、海外ミステリばかり読んできた。

 ポプラ社の怪盗ルパン全集にはじまり、アガサ・クリスティーなどの本格探偵小説へと広がり、高校生の時には、謀略小説やスパイ小説にはまった。

 留学経験もなく海外居住経験もないくせに、外国の様々な都市の様子、各国、地域の人の気質、さらには覇権国家の思惑から、権謀術数まで、まるでその場所、時代にいたような記憶として持っている。

 それは、読者をその場面に引きずり込んでしまうという小説の特性が、私に授けてくれた記憶なのだ。

 勘違いや自慢で述べているのではない。過去に拙著の中で海外を舞台にしたり、外国人が登場する作品がある。その度に、「あなたは、小説の舞台で暮らした経験があるんでしょう」と、その国の人に尋ねられた。

 住んだことはないと答えると、皆「ありえない」と返す。そこで、理由を考え、どうやら「門前の小僧習わぬ経を読む」と同様、海外小説ばかり読み耽っていたため、海外で住んだような感覚を持ったのだろうと理解している。

 では、小説で社会や世界の仕組みが、本当に見えるのだろうか。

 あるいは、ジャーナリズム精神は存在するのだろうか。

一冊の本が英国政治を変えた

 その問いには、作品で答えるべきだろう。

 フレデリック・フォーサイスと言えば、1970年代、ドゴール大統領を暗殺する殺し屋を描いた『ジャッカルの日』で、謀略小説の雄として知られている。

 そのフォーサイスが、84年に放った『第四の核』は、一冊の本で英国政権を揺るがした。

 当時は、サッチャー政権が盤石である一方で、野党労働党は、急進左派が台頭し、急進的な左派のロンドン市長が誕生するなど、国民の中に、不満が充満していた。

 もしかすると英国は、左傾国家になるかもしれないと考えたフォーサイスは、労働党が繰り広げる反核運動をソ連が利用し、政権奪取を企むという大胆な小説を発表した。それが、『第四の核』だ。

 労働党の党首にソ連のスパイを送り込み、スーツケース核と呼ばれる移動可能の核爆弾を英国に持ち込む。そして、それを爆発させて、ソ連の傀儡政権誕生を目指す――。

 いかにも、フォーサイスらしい大胆な設定だ。ただ、先進国病として知られた「英国病」の最中にあった英国は、先進国から脱落する可能性を秘めていた。フォーサイスはそうした社会背景をしっかりと描いて、読者に英国の未来を問うたのだ。

 失業率が高く、将来の不安が募る日々の中、過激な革新者が現れると、国民の人気をさらうかも知れない。では、そんな極端に左傾化した人物に英国を託していいのか、と。

 フォーサイスが小説を描いて見せた未来予想図に、果たして国民は驚愕し、87年の総選挙で、保守党は当初の予想を遥かに上回る議席を獲得したのだ。

 小説は、現実で起きうるかも知れないIfの世界を描くことができる。さらにリアリティがあれば、それは小説の域を超えて

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筆者

真山仁

真山仁(まやま・じん) 小説家

1962年、大阪府生まれ。同志社大学卒。新聞記者、フリーライターを経て2004年、『ハゲタカ』でデビュー。同シリーズのほか、『マグマ』『黙示』『そして、星の輝く夜がくる』『売国』『当確師』『オペレーションZ』など、幅広い社会問題を現代に問う小説を発表している。最新刊は、東京五輪を舞台にした国際謀略小説『トリガー』。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです