インタビュー 「個と全体」見つめ問い続けて
2019年10月22日
SNSなどで政治的な発信が注目されている俳優・古舘寛治さん。なぜ発信を? その根っこには今のジャーナリズムに対する不満もある。それを私たち記者、そして、ジャーナリズムを志す若い人たちはどう受けとめるべきか。話はジャーナリズムへの期待とこれから、「個と全体」という社会のありようにも及んだ。
――ジャーナリズムを志す若者に向けて、お話やメッセージをお聞かせください。政治的な発言や発信をなさっていますが、まずはその真意や、いつ、どういうきっかけだったのかを教えてください。
――その吉田調書報道での記事取り消しを機に、社内でもっと議論や対話をしようという機運が生まれました。
古舘 日本人は対話ができないと割と言われると思うが、僕なんかは、日本人はもともとできないのかなと思ったりもするが、そうではなかった時代もあったようだ。先日もEテレを見ていたら、ソニーの話かな、亡くなった名物創業者のときウォークマンとか作っていたけれど、昔はものすごく自由で、まったくふつうに先輩も後輩も議論してやっていたという話。今はコミュニケーション教育が必要だということになっているわけだから、きっとしゃべることすらできない若者がいるであろう中で、対話ができる人が増えているとは思えない。社会が疲弊していってシステムが硬直すると、どうしたって上下関係も硬直するだろうし、そうすると、対話なんて面倒くさいことやらなくなるのかな。理屈づけすれば何とでも言えるだろうけど、今、一人ひとりが汲々と行動しているのかな。そこにジャーナリストも含まれていて、忖度し、自分や会社の立場を考えて働いているという印象があります。
――映画の現場では対話がなされていますか?
古舘 僕は映像でやっていけるようになったのは40歳なんで、たかだか10年ちょっと。その前は小さい劇団にいたというか、今も所属はしていて、青年団という平田オリザがやっているところです。平田オリザは共著で『ニッポンには対話がない』という本を書いているのですが、日本の演劇界もいわゆる縦社会で、そのヒエラルキーの中に先輩・後輩があって、演出家がトップにいてという関係で物作りをしている。平田オリザはそこをもっとヨーロッパ的な「トップがいて、あとは並列」といったフラットな組織を作ろうとした。対話の重要性を対社会的に彼は言っていたわけだけれど、なかなか難しいと僕は思っていた。
――日本の社会が特殊なのでしょうか?
古舘 欧米人は総じて「もの申す」人々で、申さなかったらばかにされるような文化がある。民主主義を発見した、勝ち取ったやつらはすごいなと思うんですが、そういう連中が作る社会はちゃんと揺り戻しが働く。トランプが勝っても、2年後の中間選挙では民主党から新人女性議員がたくさん出るとかね。でも、日本は、僕なんかからしたらトランプと安倍さんは変わらないけれど、安倍さんがこんなに長い政権を持っているということに対してボーッとして、無関心でいるように映る。社会の右傾化は世界で問題になっているが、日本はアメリカ、ヨーロッパよりも怖い右傾化をしているなと感じる。
アメリカはイラク戦争を反省して、当時の政権を批判する映画が何本も作られた。中でも「バイス」はすごく面白かった。副大統領だったディック・チェイニーはとんでもないやつだという内容で、ここまでやるんだ、「本当かよ」というところまで暴露している。こういうものをハリウッドは作ってしまう、それもスターたちを使って。やっぱりバランス感覚のある国民だな。まったくのでっち上げで戦争を始めたことがばらされていて、それでふつうのイラク人たちが何十万と死んだという不条理。同じ不条理が戦時中の日本であったと思うけど、僕らは「昔の
有料会員の方はログインページに進み、デジタル版のIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞社の言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください