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社会変えるプレーヤーにも

旧優生保護法めぐる取材から

遠藤大志 毎日新聞仙台支局記者

「抜かれ」の不安抱え

 このとき一番気になっていたのは、このネタを他社に先にスクープされることだった。いわゆる「抜かれ」だ。

 こんな重要な話を、他社の記者が知らないはずはない。前任地のさいたま支局では、主に警察を担当していた。埼玉県は全国的にも事件が多い土地柄で、警視庁担当経験者をはじめ百戦錬磨の他社の記者に囲まれ、常に「抜かれ」におびえる日々を過ごしていた。自分が先につかんで取材を進めていたネタでも、機を逸して先に書かれることも少なくなかった。早く原稿として固めなくては。当初はその考えで頭がいっぱいだった。

 スクープ合戦は、「読者置き去り」や「報道機関の自己満足」という批判もある。私自身も決して、典型的なスクープ記者ではない。ただ、それが、世の中に埋もれた事実を発掘する記者の特ダネ根性を支え、報道の大きな動機付けの一つとなることも確かだ。

 スクープの期待と、「抜かれ」への不安を抱えながら、女性を支援する弁護士たちの取材に着手した。弁護団は30~40代の若手女性弁護士たちを中心に組織されていた。事務局長の山田いずみ弁護士は「私たちも法律についてよく分かっていないところがあるんです」と明かしてくれた。後に全国弁護団の共同代表もつとめる新里宏二弁護団長は「法廃止から20年以上(除斥期間)が経過しており、国の賠償責任を問えない可能性がある」と話し、主張の組み立てが難航しているようだった。

 訴状の内容と並行して、当事者の60代女性の取材を進めることにした。弁護団からの紹介を通じて、本人の自宅で接触することができた。知的障害のある女性は

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筆者

遠藤大志

遠藤大志(えんどう・ひろし) 毎日新聞仙台支局記者

1985年、仙台市生まれ。2011年、岩手日報社入社。報道部、釜石支局で行政取材や震災報道などを担当。14年に毎日新聞社に入社、熊谷支局、さいたま支局などを経て17年10月から現職。18年度日本新聞協会賞編集部門受賞。共著に『強制不妊 旧優生保護法を問う』(毎日新聞出版)。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです