日本追及にとどまらぬ制作意図 元慰安婦に偏見、韓国の反省も
2019年11月25日
開幕から3日で中止され、10月8日に再開した「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」(14日閉幕)。慰安婦を題材にし、電凸(電話による攻撃)や妨害行為の標的になった「平和の少女像」の制作者で韓国の彫刻家、金運成(キム・ウンソン)さん、金曙炅(キム・ソギョン)さん夫妻に本誌編集部がインタビューした。インタビューは展示再開日が決まる直前の同5日、名古屋市で行った。通訳は「不自由展」実行委員会メンバーで編集者の岡本有佳さん。
――まず、今回の「表現の不自由展・その後」が中止され、再開することで和解したことへの思いを、表現の自由の観点を含めて聞かせてください。
キム・ソギョンさん あいちトリエンナーレは、私たちの作品の内容を知って招待したのだろうから、日本は表現の自由を守る国なんだなと、喜ばしかった。もし、会期末まで本当に開かれていたら、それを確認できたと思う。
初日に「SNS投稿禁止」というパネルを見て不安になったが、たくさんの観客が来てくれて不安は誤解だったのかもしれないと思った。少女像の部位に込めた象徴的意味の説明がパネルで貼ってあり、それをよく読んでくれたり、少女像の隣のいすに座ってくれたりしていた。共感してくれていると思って、感動した。
その後、名古屋市長が来て発言し、状況がどんどん悪くなって、中止にいたったわけだ。中止するとか、中止にしてよいかとかいった連絡は、私たちに全くなかった。不自由展実行委員会にもそういう協議がなかったと聞いており、問題だと思った。あいちトリエンナーレ実行委員会会長の大村(秀章・愛知県知事)さん、津田(大介)芸術監督の会見を通して知った。でも、多くの人たちがすぐに再開に向けた努力を始めた姿を見て期待を持った。海外のアーティストたちが検閲に抗議して展示をボイコットし、日本の市民の人たちが集会をしたり署名活動をしたりした。それからすでに2カ月たってしまって、もう時間がない。本当に残念な気持ちで、再開されても完全に喜べる気持ちではない。不自由展の実行委員会も、展示再開を求めて裁判所に仮処分申請をするなど、がんばってくれた。
――「和解」では、いちおう、当初の展示方針を守るということですが、若干、作品の位置を動かすことはあり得るそうです。それは検閲にあたると思いますか。
ソギョンさん 作家自身が少し動かしたいということだったら、全然、検閲ではない。
岡本有佳さん 補足すると、夫妻は何かを変えてしまうことには反対していて、それは検閲だという作家は2人だけでなく、たくさんいる。私たち(「不自由展」実行委員会)としては、「中止前の展示の一貫性を保持する」という和解条項をもって再開合意をした。
――再開後に当初と同じ展示がなされるとしても、政治的な圧力や補助金不交付という、検閲とも受けとれる事実があったことは残ります。
キム・ウンソンさん 政治介入があったことや、不自由展が一度中止された事実は消えず、問題として残っている。さらに、検証委員会そのものにも検閲という行為があったと思っている。たった3日で中止にした後にできた検証委員会が、中間報告を出すのにどうして9月25日までかかったのか。その内容も疑問だし、1日も早く再開しようというのであれば、もっと早く動いてほしかった。
――文化庁が補助金を出さなかったり、官房長官や名古屋市長、神奈川県知事ら政治家が発言したりと、いろいろな形での「介入」があります。国家が芸術をコントロールする怖さを感じますか。夫妻は1980年代、軍事政権に対する民主化闘争と呼応した「民衆美術」の流れをくんでいます。
ウンソンさん 今回のことについて言えば、日本という国家ぐるみで芸術をコントロールしようとしたというより、あくまで個別の政治家による介入だと受けとめている。政治家による圧力は問題だが、日本の市民社会と政治家は違うと信じているので、芸術家にとって怖いということはない。
――しかし、「民衆美術」を権力が抑圧したとしたら、それは恐ろしいことではないですか?
ウンソンさん 今回、圧力をかけているのは政治家だが、「民衆美術」は逆に権力の圧迫があって生まれたものだ。それはともかく、芸術文化に対して政治家が圧力をかけたら、その人は自らが独裁者であることを証明することになる。そうであれば、芸術家は闘い続けるだけのことだ。むしろ、そうした圧力が
有料会員の方はログインページに進み、デジタル版のIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞社の言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください