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「平和の少女像」制作者キム夫妻インタビュー

日本追及にとどまらぬ制作意図 元慰安婦に偏見、韓国の反省も

金曙炅 キム・ソギョン/金運成 キム・ウンソン 彫刻家

「検証委の行為も検閲」

――再開後に当初と同じ展示がなされるとしても、政治的な圧力や補助金不交付という、検閲とも受けとれる事実があったことは残ります。

キム・ウンソンさん 政治介入があったことや、不自由展が一度中止された事実は消えず、問題として残っている。さらに、検証委員会そのものにも検閲という行為があったと思っている。たった3日で中止にした後にできた検証委員会が、中間報告を出すのにどうして9月25日までかかったのか。その内容も疑問だし、1日も早く再開しようというのであれば、もっと早く動いてほしかった。

――文化庁が補助金を出さなかったり、官房長官や名古屋市長、神奈川県知事ら政治家が発言したりと、いろいろな形での「介入」があります。国家が芸術をコントロールする怖さを感じますか。夫妻は1980年代、軍事政権に対する民主化闘争と呼応した「民衆美術」の流れをくんでいます。

ウンソンさん 今回のことについて言えば、日本という国家ぐるみで芸術をコントロールしようとしたというより、あくまで個別の政治家による介入だと受けとめている。政治家による圧力は問題だが、日本の市民社会と政治家は違うと信じているので、芸術家にとって怖いということはない。

――しかし、「民衆美術」を権力が抑圧したとしたら、それは恐ろしいことではないですか?

ウンソンさん 今回、圧力をかけているのは政治家だが、「民衆美術」は逆に権力の圧迫があって生まれたものだ。それはともかく、芸術文化に対して政治家が圧力をかけたら、その人は自らが独裁者であることを証明することになる。そうであれば、芸術家は闘い続けるだけのことだ。むしろ、そうした圧力が

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筆者

金曙炅 キム・ソギョン/金運成 キム・ウンソン

金曙炅 キム・ソギョン/金運成 キム・ウンソン 彫刻家

ともに1988年、韓国・中央大学校芸術大学卒業。軍事独裁に対する民主化運動と呼応した「民衆美術」の流れをくむ。「平和の少女像(平和の碑)」「ベトナムのピエタ」像のほか、米軍装甲車にひかれて亡くなった中学生を追悼する作品などを制作。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです