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安易に白黒をつけてはならない

ヘイトスピーチと表現の自由

森達也 映画監督、作家、明治大学特任教授

明確な規制はなくとも……

 最初の映画『A』(*1)を公開した翌年である1999年、そもそもの職場だったテレビに戻った僕は、テレビドキュメンタリー「放送禁止歌」(*2)をディレクションした。放送はフジテレビの深夜枠だ。しかも関東ローカル。視聴率は1%にも満たなかったはずだ。

 だから多くのテレビ番組と同様にこのドキュメンタリーも、放送が終わった瞬間に忘れ去られるはずだった。ところが放送後の反響は予想を超えて大きく、フジテレビは何度か再放送を行い、さらには放送禁止歌をテーマに本を書かないかとの依頼まで舞い込んだ。つまり僕にとって大きなターニングポイントになった作品だ。

 撮影のためのリサーチを始めたころは、権力による規制や弾圧が放送禁止歌の本質であることが前提だった。でも取材を始めてすぐに気がついた。放送や音楽業界で働く人たちの多くがこの問題について語るとき、使われる述語は常に「らしい」とか「ようだ」なのだ。つまり伝言ゲーム。でも始まりがわからない。これもまたループしている。どこまで探っても伝聞なのだ。

 少なくとも明確な規制や弾圧はどこにもない。でも(僕も含めて)誰もが、放送禁止歌という排除システムが実在することを当然の前提にしていた。だからこそ規制があっさりと発動する。ところが規制の主体はどこにもない。仮想だから摩擦も働かない。こうして仮想が現実になる。実体がどこにもない現実だ。

 およそ500万年前のアフリカ大陸で樹上生活を送っていたラミダス猿人は、地上に降りて直立二足歩行を始めると同時に、それまでの単独生活から群れて集団で生きるライフスタイルに移行した。なぜなら地上には大型肉食獣がひしめいている。一人で行動していたらあっさりと捕食されてしまう。群れならば天敵も簡単には襲ってこない。あるいはもしも足音を忍ばせて天敵が近づいてきたとしても、群れの中にいるならば誰かが気がつく可能性は高い。

 群れる本能は保持したまま、ラミダス猿人はホモサピエンスへと進化する。イワシやムクドリやトナカイなど、群れるイキモノはたくさんいる。彼らの共通項は弱いことだ。常に天敵に脅えている。特にホモサピエンスは、走れば遅いし逃げるための翼はない。夜目はきかず泳ぎは下手だ。筋力もないし爪や牙はほぼ退化した。圧倒的に弱い。だからこそ群れる本能がとても強い。

 イワシの群れなどが典型だが、群れは全体でひとつのイキモノのように動く。つまり同調圧力が常に働いている。だって勝手気ままに動いていたら天敵に捕食されるリスクが高くなる。周囲の多数派の動きに自分を合わせないと不安になる。

 私見だが東アジアはこの傾向が強い。集団行動が大好きだ。言い換えれば個が弱い。全体で同じように動くためには指示が必要だ。つまり強いリーダーが欲しくなる。そして号令を待つ。右向け右。全体とまれ。もしも明確な指示がなければどうするか。不安になった集団は仮想の指示を作り出す。これが忖度だ。こうしてリーダーにとっては

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筆者

森達也

森達也(もり・たつや) 映画監督、作家、明治大学特任教授

1956年広島県生まれ。テレビ番組制作会社などを経て、フリーランスに。監督作にオウム真理教に密着したドキュメンタリー映画『A』『A2』、作曲家・佐村河内守に密着した『FAKE』など。著書に『FAKE な平成史』(KADOKAWA)、『不寛容な時代のポピュリズム』(青土社)、『A3』(集英社文庫)、『「A」―マスコミが報道しなかったオウムの素顔』(角川文庫)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです