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「不自由展」とNHKかんぽ問題

通底するメディアの責任と覚悟

砂川浩慶 立教大学社会学部メディア社会学科教授

 名古屋市・栄のバスターミナルを上ると二つの巨大な建物がそそりたつ。「表現の不自由展・その後」の会場となった愛知芸術文化センターと地下4階地上21階のNHK名古屋放送センタービルだ。前庭に立つとその威圧感は相当なものだ。まさに「表現の不自由」を考えさせられた展覧会、そして「表現の自由」のまえに、外部からの圧力による経営委員、役員の保身によって「表現」を禁じたNHKかんぽ問題から、この国の「表現の自由」を考えていきたい。

拡大筆者と「平和の少女像」=10月10日、愛知芸術文化センター

「不自由展」に足を運ぶ

 10月10日、「表現の不自由展・その後」実行委員会(以下、実行委員会)の関係者枠で会場を見る機会を得た。2015年に東京・練馬で行われた「表現の不自由展〜消されたものたち」には、メディア総合研究所事務局長の岩崎貞明氏が実行委員会のメンバーの一人として「ひとりっ子」(RKB毎日放送制作。防衛大学校への進学に悩む若者を主人公に自衛隊を考える芸術祭参加作品だが、1962年11月25日の放送は見送られ、お蔵入り)の上映を行った。私はこのメディア総合研究所の所長をしており、今回の「不自由展」の準備状況も岩崎さんから聞いていた。この関係で再開された展示を視(み)ることができたのだ。

 抽選で選ばれた30人の方々と一緒に10時集合、身分証の提示とSNSでの拡散防止の「誓約書」に署名したうえで、リストバンドをして入館・事前説明を受け、金属探知機をかざされ、10時30分から見学というコースだった。中止前と同じ16作家の23作品全ての展示が行われている。

 この展示について、実行委員会では「ごあいさつ」として、こう述べている。

 いま、日本社会で「あること」が進んでいます。自由に表現や言論を発信できなくなっているのです。その領域はさまざまです。新聞や雑誌などの各メディア、美術館や画廊、各種公共施設、日常生活、路上の活動など。その内容もさまざまです。報道や娯楽番組、天皇と戦争、植民地支配、日本軍「慰安婦」、靖国神社、国家批判、憲法9条、原発、性表現、残酷表現など。その不自由のあり方もさまざまです。検閲、規制、忖度、弾圧、クレーム、NGなど。

 私たち実行委員会はこの事態を憂い、美術とその関連領域に絞って、2015年に東京のギャラリー古藤で「自由を脅かされた表現」を集めた「表現の不自由展」を開きました。

 あれから5年が経ちましたが、この「不自由」はさらに強く、広範囲に侵蝕しています。ここで私たちは改めて「自由を脅かされた表現」を集める「表現の不自由展・その後」を開きます。今回はほぼ美術表現に絞っての選定です。

 自由をめぐっては立場の異なるさまざまな意見があります。すべての言論と表現に自由を。あるいは、あるものの権限を侵害する自由は認めるべきではない。

 本展では、この問題に特定の立場からの回答は用意しません。自由をめぐる議論の契機を作りたいのです。

 そして憂慮すべきなのは、自由を脅かされ、奪われた表現の尊厳です。本展では、まずその美術作品をよりよく見ていただくことに留意しました。そこにこそ、自由を論じる前提があることと信じます。そして、展示作品の背後にはより多くの同類がいることに思いを馳せていただけないでしょうか。

 本展では年表パネル、資料コーナーも充実させました。作品をご覧になった後は、資料をじっくりと見ていただき、いまの日本の「不自由」について考えていただければ幸いです。

2019年8月
表現の不自由展 実行委員会
アライ=ヒロユキ、岩崎貞明、岡本有佳、小倉利丸、永田浩三

 このあいさつにあるように、静謐な展示の場では多くの「自由」「不自由」について考えさせられた。昭和天皇の写真が燃える描写のみがことさら強調される映像作品「遠近を抱えてPartII」。20分間の上映時間が終わり、私自身が感じたのは戦争のむなしさであった。太平洋戦争のインパール作戦に看護婦として従軍した19歳の女性が出撃直前に母親に出した手紙の朗読では「私は死んだら靖国にまつられるのです。そのときは、うちの子は偉かったとほめてくださいね」と語られる。日常的に同じ年代の学生に接している私は涙を禁じ得なかったし、このような経験を二度とさせてはいけないと強く反戦の意識にかられた。また、あたかも「従軍慰安婦」の象徴のようにいわれる「平和の少女像」だが、左の写真をどう考えるだろうか。足元のプレートには「あなたも作品に参加できます。隣に座ってみてください。手で触れてみてください。一緒に写真も撮ってみてください。平和への意思を広めることを願います。キム・ソギョン、キム・ウンソン」と書いてある。隣に座ることで少女の逃れられない悲しみに思いをはせることができたのだ。「百聞は一見にしかず」。やはり視て感じて考えることが必要だったのだとの思いを強くもった。

 大村秀章・愛知県知事が「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」からの中間報告を受け、再開を目指すことを明らかにしたのが、9月25日。その翌日、文化庁は「重要な事実が申告されていない」ことを理由に7800万円(うち、「不自由展」関連約420万円)の補助金の不交付を発表した。宮田亮平・文化庁長官(元東京藝術大学学長)ではなく、萩生田光一文部科学大臣が発表する異例の公表であった。「手続きの不備」を理由とした不交付は前例もなく、「検閲」にあたり、表現の自由を萎縮させるものとの強い批判を浴びた。しかも、この決定を行った議事録は作成されていなかった。安倍内閣で繰り返された公文書を作成しない(改ざんはする)ことがまたも繰り返された。萩生田氏といえば、思い出されるのが2014年11月のNHK・在京民放テレビ5社を自民党本部によびつけた「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」だ。この文書は「筆頭副幹事長 萩生田光一 報道局長 福井照」両氏の名前で出されている。萩生田氏は加計学園問題でも関与を疑われており、その震源でもある文部科学大臣に安倍首相があえて指名したことで批判を浴びていた。

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筆者

砂川浩慶

砂川浩慶(すなかわ・ひろよし) 立教大学社会学部メディア社会学科教授

1963年生まれ。早稲田大学教育学部卒。86年、日本民間放送連盟に入り、2006年まで放送制度や著作権、機関紙記者、地上デジタル放送などを担当。同年、立教大学に移り、16年から現職。放送制度・産業論、ジャーナリズム論など研究。著書に『安倍官邸とテレビ』(集英社新書)など。