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「中間貯蔵30年」に見る フィクションと矛盾の連鎖

大月規義 朝日新聞編集委員

 東京電力福島第一原発事故で各地に生じた汚染土壌などを保管する「中間貯蔵施設」が福島県大熊町と双葉町で運用を始めてから、この3月で5年を迎える。法律で定められている保管期間は「30年」。いまも施設は整備途上だが、2045年までに福島県外に最終処分場を探し、すべての汚染土を搬出しなければならない。主な汚染物質である放射性セシウム137は半減期が約30年で、搬出期限を迎えても単純計算で事故当時の半分の放射能が残っていることになる。そんな汚染土を受け入れる自治体など他にはないだろうと、後述する原発避難者への調査でも悲観的な結果が明らかになっている。

 では、なぜ30年で県外搬出などという現実離れした法律ができたのか。

 国が福島の復興を進めるには、汚染土の問題を先送りするしかなかった。福島復興の停滞は、全国の原発立地地域に広がった不安を払拭(ふっしょく)できず原発再稼働に支障をきたすという懸念も、政権内にやがて生まれた。中間貯蔵施設の問題では、復興と引き換えに多くの犠牲がはらわれた。犠牲と引き換えに得るはずだった「住民の帰還」は、旧避難指示区域全体で2割弱にとどまっている。今後も住民の帰還とは無縁に、福島復興には多額の予算が投じられていくだろう。

 原発事故から時がたつにつれ、政治や政府が民意を反映せず、地元首長の顔色ばかりうかがっている懸念が募る。ふるさとから遠く離れた住民の意向を、どこまでくむべきかという深刻な問題にもぶつかる。

前代未聞の除染

 自省を込めて言えば、国に対するメディアの批判も一時しのぎであった。中間貯蔵施設の汚染土や、第一原発内の汚染水について将来どう報道していくべきか、我々も再考すべきときを迎えている。中間貯蔵施設を題材に、原発政策と民意について考えてみる。

 中間貯蔵施設の建設計画が持ち上がったのは、原発事故が起きた半年後の11年8月だった。筆者は当時、朝日新聞福島総局で原発事故の取材をしていた。当時の様子は克明に記憶している。

 中間貯蔵施設の計画の前段として、放射性物質が各地に飛散した福島県からの避難者流出問題があった。一番早く動いたのは、福島第一原発から西に約60キロ離れた福島県郡山市だった。同市は原発事故の避難指示区域には指定されなかったが、放射性物質の飛散が比較的多く、市内にはホットスポットと呼ばれる局所的高線量地点がいくつも見つかった。

 被曝(ひばく)を避けるため、小さな子ども連れの母親や妊婦らが県外に避難していった。その動きに歯止めがかからなくなった。

 福島の原発避難者はピーク時に16万4千人に上った。その半数8万3千人は、郡山のように国の避難指示が出ていない地域からの、いわゆる「自主避難者」だった。逆に、仕事や家計の事情などで地元を離れられない家庭からは、「せめて学校くらい放射性物質を取りのけて」という声が高まった。

 「市内を除染して放射線量を下げたい」。郡山市長だった原正夫氏は、内閣府副大臣で震災担当だった平野達男氏に直訴した。除染に必要な費用は国が工面してくれ、という趣旨だった。平野氏は仰天した。「除染するのはいいが……、集めた汚染土はどうするつもりですか?」

 困惑は当然だった。原発事故から9年たとうとする今だから、除染と言えば汚染された土地の表面をはぎ取ったり、建物や樹木に付着した放射性物質を取り除いたりすることを思い浮かべるが、本来、除染の対象は「スポット」だ。

 たとえば放射線の管理区域や汚染された場所に入った人体や車両などが非管理区域(通常の場所)に戻る前に、体や物質の表面に付いた放射性物質をシャワーなどで洗い落とす。あるいは、汚染区域に人間が入る前に、高い放射線量を示す地点から放射性物質を布などで拭き取っておくことを意味する。

 地域をまるごと除染することなど、米国スリーマイル島原発事故(1979年)、旧ソ連チェルノブイリ原発事故(1986年)でもなかった、前代未聞の作業だ。それに、地域を除染しても放射性物質が消滅するわけではない。除染によって取り除かれた放射性物質は、隔離・遮蔽(しゃへい)して安全に保管しなければならない。

 原発事故から1カ月余りが過ぎた4月27日、郡山市の小学校で校庭の表土をはぎ取る作業が始まった。見切り発車だった。集めた土砂はトラックで、市の廃棄物埋め立て処分場などに運んだ。校庭の放射線量は、作業前が毎時3.3マイクロシーベルト(年17ミリシーベルト)と、避難指示を出す国の基準(年20ミリ)のぎりぎりだったが、表土を削ることで毎時0.5マイクロ(年2.6ミリ)まで下がった。

各地に軋轢

 除染をすれば放射線量は下がる――。郡山市の実績はすぐに各地に広がった。同市と同じように、放射線量が

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