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1980年代以降迷走する教育改革

「不確実性の罠」にはまった主体性論

苅谷剛彦 オックスフォード大学教授

過去を見据えて主体性を育成

 主体性という表現は使われていないが、「強い意志をもった自主独立の個人」の育成が教育の目標の一つとして掲げられた。

 ここでいう「自主独立の個人」が求められた理由の一端を知るために、「期待される人間像」の文章のなかで、「日本のあり方と第3の要請」という節から、次の二つの文章を引いておこう。

 「由来日本人には民族共同体的な意識は強かったが、その反面、少数の人々を除いては、個人の自由と責任、個人の尊厳に対する自覚が乏しかった。日本の国家、社会、家庭において封建的残滓(し)と呼ばれるものがみられるのもそのためである。また日本の社会は、開かれた社会のように見えながら、そこには閉ざされた社会の一面が根強く存在している」

 「民主主義国家の確立のために何よりも必要なことは、自我の自覚である。一個の独立した人間であることである。かつての日本人は、古い封建制のため自我を失いがちであった

 先の『新教育指針』と同様に、これまでの日本社会の欠陥として、「封建的残滓」のゆえに「個人の自由と責任、個人の尊厳に対する自覚が乏しかった」とみる。そして、「民主主義国家の確立のため」、「封建的残滓」を克服することで、「強い意志をもった自主独立の個人」を育成することが教育に求められた。

 ここでも、過去を参照することで、これまでの日本に欠けていた「主体性」の育成が求められたとみてよい。未来志向であるとしても、過去の経験を見据えた上で、その欠陥の克服として、欠如していた主体性に言及していたのである。

87年臨教審の「変化への対応」

 このような過去や現状に定位して論じられてきた欠如する主体というテーマは、80年代に大きく変貌した。過去の参照ではなく、未来がよりいっそう前面に出され、「変化への対応」に資する資質・能力の育成が求められるようになるのである。現在まで続く、主体性の意味付けの変化の起点は、そこにあるとみてよい。

 たとえば、87年に出された臨時教育審議会の第4次答申には、次の表現がある。

 「今後、我が国が創造的で活力ある社会を築いていくためには、教育は時代や社会の絶えざる変化に積極的かつ柔軟に対応していくことが必要である。なかでも、教育が直面している最も重要な課題は国際化ならびに情報化への対応である」

 「今後における科学技術の発展や産業構造、就業構造などの変化に対応するためには、個性的で創造的な人材が求められている。これまでの教育は、どちらかといえば記憶力中心の詰め込み教育という傾向があったが、これからの社会においては、知識・情報を単に獲得するだけではなく、それを適切に使いこなし、自分で考え、創造し、表現する能力が一層重視されなければならない」

 「時代や社会の絶えざる変化」に対応することが課題として示され、それを解決するのが、「個性的で創造的な人材」だとされる。そして、そうした人材を育成するためには、「知識・情報を単に獲得するだけではなく、それを適切に使いこなし、自分で考え、創造し、表現する能力が一層重視されなければならない」と、教え方・学び方の改革を通じて、「創造性」と「個性」をもった人間(主体性)の育成が教育改革の基調をなすようになっていく。

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筆者

苅谷剛彦

苅谷剛彦(かりや・たけひこ) オックスフォード大学教授

1955年、東京都生まれ。東京大学教育学部卒。同大学院教育学研究科修士課程修了。ノースウェスタン大学大学院博士課程修了。東京大学教育学研究科教授などを経て、2008年から現職。専門は社会学、現代日本社会論。著書に『教育と平等』『大衆教育社会のゆくえ』(いずれも中公新書)、『増補 教育の世紀』(ちくま学芸文庫)、『オックスフォードからの警鐘』(中公新書ラクレ)、『追いついた近代 消えた近代』(岩波書店)などがある。