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1980年代以降迷走する教育改革

「不確実性の罠」にはまった主体性論

苅谷剛彦 オックスフォード大学教授

96年中教審の「ゆとり教育」導入

 こうした臨教審答申を受けて96年の中央教育審議会は、その後「ゆとり教育」と呼ばれる教育改革に着手する。その答申には次の表現がある。

 「これからの社会は、変化の激しい、先行き不透明な、厳しい時代であること、そのような社会において、子供たちに必要となるのは、いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力であり、また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など豊かな人間性であり、そして、また、たくましく生きていくための健康や体力である、と考えるのである」

 「変化の激しい、先行き不透明な、厳しい時代」に直面することを前提に、そのような変化に対応できる資質や能力の育成が目指される。それまでの教育改革との違いは、教授法やカリキュラムの変更を強く提言した点にある。教える内容にとどまらず、教え方や学び方にまで教育行政の注文がつく教育改革の嚆矢(こうし)である。

 この答申を受け、教える内容の大幅な削減に加え、「自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力」を育成するための切り札として「総合的な学習の時間」が導入された。

「変化への対応」が改革の基調に

 その後、「学力低下論争」を経て、削減された教育内容が復活されるといった紆余曲折はあるものの、教育改革の前提として、「変化への対応」が基調をなしていく。

 その点では、今年4月から小学校で本格的に導入される新しい学習指導要領の基本的な考え方を提言した2016年の中央教育審議会の、答申をとりまとめるための「論点整理」においても、次のように、同様の論理構成が踏襲されている。

 「予測できない未来に対応するためには、社会の変化に受け身で対処するのではなく、主体的に向き合って関わり合い、その過程を通して、一人一人が自らの可能性を最大限に発揮し、よりよい社会と幸福な人生を自ら創り出していくことが重要である」

 「予測できない未来」=「社会の変化」に「主体的に向き合って関わり合」うことの重要性が強調される。この学習指導要領の改訂に向かう議論では、「アクティブ・ラーニング」の提唱が論じられた。

 最終的には、このカタカナ語に代わって「主体的・対話的で深い学び」が強調された。学力の三要素(「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「主体的に学習に取り組む態度」)の実現の手段として、「主体的・対話的で深い学び」が提唱されたのである。

 今回の大学入試改革で混乱の一因となった国語・数学の共通テストでの記述式問題が、この学力の三要素の測定を目指し、入試を変えることで高校以下の教育も変えようという目論見で始まったことに注意しよう。

 結局は延期となった杜撰(ずさん)さの目立つ入試改革でも、実施直前までは受け入れられてきた。その理由の一つは、こうした入試改革によって育成される学力が、「予測できない未来」に「主体的に向き合って関わり合」っていく資質や能力の要素であるという見方があったからだ。

 「変化の激しい、先行き不透明な、厳しい時代」の到来というもっともらしい指摘をいったん受け入れてしまえば、そのための改革が、その実効性の問題に目を向けずとも受け入れられた。

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筆者

苅谷剛彦

苅谷剛彦(かりや・たけひこ) オックスフォード大学教授

1955年、東京都生まれ。東京大学教育学部卒。同大学院教育学研究科修士課程修了。ノースウェスタン大学大学院博士課程修了。東京大学教育学研究科教授などを経て、2008年から現職。専門は社会学、現代日本社会論。著書に『教育と平等』『大衆教育社会のゆくえ』(いずれも中公新書)、『増補 教育の世紀』(ちくま学芸文庫)、『オックスフォードからの警鐘』(中公新書ラクレ)、『追いついた近代 消えた近代』(岩波書店)などがある。