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1980年代以降迷走する教育改革

「不確実性の罠」にはまった主体性論

苅谷剛彦 オックスフォード大学教授

過去の経験の徹底した検証を

 PISAや大学ランキングの順位をいくら上げても、それが日本独自の社会や教育の課題解決にどれだけ資するかは不明である。これまでの日本の教育が実際にどのような資質や能力を育成してきたのかを、自らの経験をもとに内部の参照点に照らして議論することにはならないからだ。

 本稿で見たように、教育改革を巡る混乱の根源には、日本の教育と社会がたどった歴史がある。「主体性」育成をめぐる議論が混迷に陥るのは、理想的で受け入れられやすいその言辞に比して、未来志向の不確実性の罠にはまりやすいからだ。人びとが現在の生活に不安を持つほど、その不安は未来(≒次世代)に転移される。不可知論だとわかっていても、不確実性という問題設定が説得力をもつのはそのためだ。
それでは不確実性の罠から逃れるために、私たちは何をすればよいのか。

 必要なのは過去の経験の徹底した帰納的検証である。予想できない変化に対応できたと見なすことのできる「成功事例」やできなかった「失敗事例」もとに、それぞれの局面で、担当した人々や組織が何を行ったのか、どのような判断を下したのか、それらを可能にした条件は何かを帰納的に検証することである。

 過去において、私たちが不確実な未来にどのように対応できていたのか、できていなかったのかを調べる方が、具体的で実際的な人々の思考や行動を跡づけることができる。その痕跡の中に、教育がすくいあげるべき課題が埋め込まれているはずだ。

※本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』3月号から収録しています。同号の特集は「どうする教育」です。

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筆者

苅谷剛彦

苅谷剛彦(かりや・たけひこ) オックスフォード大学教授

1955年、東京都生まれ。東京大学教育学部卒。同大学院教育学研究科修士課程修了。ノースウェスタン大学大学院博士課程修了。東京大学教育学研究科教授などを経て、2008年から現職。専門は社会学、現代日本社会論。著書に『教育と平等』『大衆教育社会のゆくえ』(いずれも中公新書)、『増補 教育の世紀』(ちくま学芸文庫)、『オックスフォードからの警鐘』(中公新書ラクレ)、『追いついた近代 消えた近代』(岩波書店)などがある。