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迷走する安倍政権の教育改革

個人の内面に思想持ち込む

森 健 ジャーナリスト

 これまで誹謗中傷の記事が多かったので、懲り懲りしているんです、おたくは大丈夫だよね―。そんな念押しが3分ほど続いた。

 誹謗中傷が何を指しているのかについては触れない。だが、大臣は記事の伝えられ方に神経質になっていた。取材の趣旨確認を念入りにしたあと、ようやく取材が始まった。

改革のキーパーソン・下村氏

 2015年9月17日、文部科学省の大臣室。下村博文文科相に高大接続改革など教育改革についてインタビューをしていた。最初に尋ねたのは「文系廃止」問題だった。

 この年の6月、文科省は国立大学に対して「大臣通知」を送付した。文科大臣が人文社会科学系学部の廃止や再編など見直しを促す内容だった。これに大学関係者の間で「もう文系はいらないのか」と猛反発が起きた。すると下村氏は一転、文系廃止は誤解、メディアのミスリードという言い方で騒ぎを収めようとした。

 インタビューでは、まずそれについて問うた。下村氏は「(通知の)文書を読んでもらえればわかるんだけどね」と当然のような口調で語りだした。

 「廃止と言っているのは、教員養成のところだけなんです。ね。人文社会科学系について廃止しろとは一言も言ってないんです」

 ――うーん、そうでしょうか。

 「ただ、この文言を見て、文系廃止と(第三者が)意図的にとっている部分があると」

 ――どう見ても、そう見えますが。

 「いや、それは文科省がきちんと説明してないから」

 だが、「通知」は誤解ではなく、過去から連なる根拠もあった。

 14年8月、文科省の国立大学法人評価委員会は「国立大学法人の組織及び業務全般の見直しに関する視点について(案)」という文書を発表。この中に次の一文があった。

 〈「ミッションの再定義」を踏まえた速やかな組織改革が必要ではないか。特に教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については、18歳人口の減少や人材需要、教育研究水準の確保、国立大学としての役割等を踏まえた組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むべきではないか〉

 これは文科相が挙げた視点として発表されている文書だった。誰が読んでも間違えようがなく、教員養成系学部と人文社会科学の組織の廃止について提言されていた。「大臣通知」の原型はこの「視点」だと思われた。

 そこで取材の場では、この文書を提示したうえで、この時から言っているのではないですかと問うと、下村氏は「違うんです」とすばやくかぶせてきた。「そもそも文化系の話なんて、一言も言ってない。減らせなんて言ってない。ね。で、実際にもうひとつのペーパーでね……」 と、まったく文書内容を認めず、国立大学の組織再編の話題へと転換させた。

 大臣は誹謗中傷を気にしていたが、目の前の自身の発言も認められないのでは、質疑自体が成立しない。だが、そんな下村氏こそ、安倍晋三政権で教育改革を推進してきたキーパーソンだった。

 安倍政権は経済や外交で注目されることが多いが、関心を寄せてきた分野を比較するなら教育改革のほうが高いだろう。

 その足跡を概観してみると、「幼児教育・保育無償化」「大学無償化」など子どものいる家庭に直接役立った改革もある一方、「文系廃止」や「大学入学共通テスト」のように教育行政全般に混乱を招いたものもある。安倍政権の教育改革とは何が目的なのか。第2次政権以降7年を過ぎたのを機に、あらためて確認してみたい。

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筆者

森 健

森 健(もり・けん) ジャーナリスト

1968年生まれ。早稲田大学法学部卒。雑誌記者を経てフリーランスに。2012年、『「つなみ」の子どもたち』(文藝春秋)で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。15年、『小倉昌男 祈りと経営』で小学館ノンフィクション大賞受賞。17年、同書で第1回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞受賞。