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人はなぜ買いだめに走るのか

影響力はネットよりテレビ

橋元良明 東京女子大学現代教養学部教授

 新型コロナ感染症の騒ぎが大きくなるにつれ、イベントの自粛要請や学校の休校、緊急事態宣言発令など、あいついでこれまでにない事態が訪れた。それと同時に様々な根拠の薄いデマ情報が流れ、買いだめ騒ぎが発生した。1973年のオイルショック時やいくつかの災害発生時にも同様のデマの流布や買いだめで世の中がざわついた。なぜ、こうした事態で同じような騒擾が生じるのか、筆者等が緊急事態発令後に実施した調査データも紹介しながら、社会心理学的な側面から分析する。

トイレットペーパーの買いだめ

 状況が深刻度を増すに従い、2月20日に厚生労働省からイベント開催の自粛要請が出され、27日には安倍晋三首相が全国の小中学校に対し、臨時休校措置をとるよう要請した。翌28日には各地の店舗でトイレットペーパーの購買数が急増し、不足する事態に陥った。調査会社インテージの日用消費財販売動向日次レポートによれば、トイレットペーパーの購買量は2月24日を100とすると28日にはスーパーで583、ドラッグストアで508に跳ね上がっている(注1)。ちなみにインテージの分析では10人あたりの購入率が1月の6.4人から2月に10.3人に上昇しており、これまで購入頻度の低かった人までも店舗に走らせたようだ。店舗側の1人あたり購入数制限に対抗して、消費者が家族を動員した可能性もある。橋元等の調査(以降、橋元グループ調査と呼ぶ。注2)でも、「トイレットペーパーの買いだめをした」と答えた人の比率は、20代でも28.5%であり、30代の31.6%、40代の32.0%とほとんど変わりがない。

 2月28日のトイレットペーパー買い走り騒ぎは首相の休校措置発表に影響された部分が大きい。一方で、一部ネット上ではTwitterの影響が指摘されていた。2月27日の10時過ぎ、米子医療生協職員が「コロナで品薄になる品予測を根拠付きでお伝えします。次は、トイレットペーパーとティッシュペーパーが品薄になります。製造元が中国です。生産元がティッシュペーパーやトイレットペーパーを生産をそもそもしてないのが根拠です(原文ママ)」とのツイートを流している。しかし、それを追うように27日のうちにそれがデマであるとの情報も流れている。たとえばある経済評論家が流した「嘘を拡散する人がいるので、警告 トイレットペーパーの原料のパルプは、中国から輸入されていません。また、ほとんど国産であり、輸送コストの問題から輸出しても意味がない」というツイートである。後者のデマ打ち消し情報の方が反応は大きかった。

 こうした27日中のSNSの情報流通は、実はさほど大きな影響を持たなかったと思われる。

 ネット記事数の推移をみたトドオナダの調査によれば(注3)、トイレットペーパーを含むネット記事が急増したのは28日になってからであり、これはSNSに対する反応というより、テレビに対する反応であろう。

 28日の午前中から、テレビのニュース、情報番組がこぞって、人々がトイレットペーパーを求めて店舗に押しかけ、品不足が生じていることを報道した。サーベイリサーチセンターの調査によれば(注4)、「トイレットペーパーが不足するという情報」を最初に知った情報源で最も回答比率が高かったのはテレビの46.7%であり、人との会話・口コミが15.9%、Twitterは8.0%、LINEは1.7%であった。また、「実際にトイレットペーパーの品切れが発生している状況」を最初に知った情報源についても最も回答比率が高かったのがテレビの36.0%、次いで「店頭で見かけて知った」が28.7%、Twitterが5.0%、LINE1.8%であった。

 橋元グループ調査でいくつかの不確かな情報への接触度も聞いているが「トイレットペーパーが中国で生産されているため入手困難になる」という情報を聞いた人は全体の34.7%である。年層別に見れば最も比率が高かったのは10代の41.3%であるが、次いで40代の37/9%、50代の36.9%であり、必ずしも若いほど接触率がとくに高いというわけではない。別の質問でLINEやTwitterの利用頻度も質問しているが、この二つの利用頻度はきれいに年齢が低いほど頻度が高いという結果が出ており、相関をとっても前述の情報の接触率とSNSの利用頻度に有意な関連はない。

 「トイレットペーパーが中国で生産されている」という情報に接した人に、その情報を最初に知った情報源を訪ねたところ、最も比率が高かったのがテレビの34.4%であり、次がネット記事の31.5%、LINEとTwitterはそれぞれ1.3%、10.2%であり、ネット記事の多くはマスメディアを情報源とするものであるから、今回の「デマ」について、多くの人はSNSではなく、マスメディア経由で知ったことになる。

 では、人はそのデマを信じたのか。表1はデマに接触した人がそれを信じたかどうか、実際にトイレットペーパーを買ったかどうかの回答分布を示したものである(分析母数は「デマに接触した人」1106人)。

拡大表1 「トイレットペーパーは中国で生産」のデマの信用度と購入の有無(単位:%。橋元グループ調査から。分析母数はデマに接触した1106人)

 デマを信じた人は接触した人の16.5%にすぎず、大半は信じていない。しかし、注目すべきは信じなかったが「購入した・しようとした人」が23.7%おり、結局、デマを信じる・信じないにかかわらず接触者の33.7%が購入しようとしたことである。デマにはまどわされなかったが、トイレットペーパー不足に関心が向き、購入意欲をそそる効果はもったことになる。

(注1) 2020年4月17日NHKニュースウオッチ9で紹介
(注2) 橋元良明とその研究グループが4月15~17日にオンライン調査で全国15歳から69歳の男女に実施。N=3192。結果全体については現時点で未公表。
(注3) ITMediaビジネス2020年3月12日記事などでデータ紹介
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2003/12/news047.html(2020年4月25日閲覧確認)
(注4) サーベイリサーチセンターによるインターネット調査。調査対象者は全国20歳以上の男女モニター(N=4700)。調査実施は2020年3月6日から3月9日。
https://www.surece.co.jp/research/3282/(2020年4月20日閲覧確認)

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筆者

橋元良明

橋元良明(はしもと・よしあき) 東京女子大学現代教養学部教授

東京大学文学部心理学科卒、同大学大学院社会学研究科修士課程修了。東京大学の社会情報研究所助教授や情報学環教授を経て、2020年4月から現職。前社会情報学会会長、元社会言語科学会会長。情報社会心理学、コミュニケーション論を専攻。主な著書に『日本人の情報行動2010/2015』『メディア・コミュニケーション論Ⅰ/Ⅱ』『ネットワーク社会』(以上、編著)、『ネオ・デジタルネイティブの誕生』(共著、ダイヤモンド社)、『メディアと日本人―変わりゆく日常』(岩波新書)など。