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黒人への執拗で不条理な暴力――BLMの読み解きに必要な10冊

荒このみ 東京外国語大学名誉教授

 2020年は、「コロナ時代元年」として記憶されていくのだろう。

 それとともにもう一つの言葉が、世界的に認知されたことを記憶にとどめておかねばならない。BLM(ブラック・ライヴズ・マター=黒人の命は大切)である。これほどの世界的広がりを見せた運動の背景には、新型コロナウイルスをめぐる状況の悪化が強くかかわっていると思われる。

 BLMというハッシュタグが生まれたのは、13年のことだった。その前年にフロリダ州に住む黒人少年トレイヴォン・マーティンが、自警団員に銃殺された。この事件で自警団員は無罪判決を受け、このときカリフォルニア州に住む30代の黒人女性が「いまだに黒人の命は、これほど軽んじられているのか。黒人の命は大切(ブラック・ライヴズ・マター)」と嘆いたのだった。それに共感したもう1人の30代の黒人女性が、ハッシュタグ#BlackLivesMatterを立ち上げ、さらに1人を加えて3人の若い黒人女性によってこの活動は始められた。

 ソーシャル・メディアという現代の手段を使って、BLMがまたたく間に全米で認知されたのは、14年、ミズーリ州ファーガソンで18歳の黒人青年マイケル・ブラウンが警官に銃殺され、陪審員裁判で警官が無罪になったときである。抗議のデモがファーガソンで起きると、ただちに全米各地に飛び火していったが、それとともにBLMが全米的に知られるようになった。

 これまで黒人問題を取り上げ、黒人社会を指導しながらアメリカ社会に「ノン」を突きつけてきた主要な組織は、NAACP(アメリカ有色人種向上協会・設立1909年)だった。協会には規約があり会員・会長がいて、組織として明確に定義されている。いっぽう、BLMは確固とした組織ではなく、この運動に参加する人びとは組織のメンバーになるのでもない。自発的に勝手にデモに参加する、いわば草の根的市民運動である。それぞれが個人として参加する方式が、現代の若者たちの感覚にあっていたのだろう。

世界が身近な問題として

拡大「黒人の命は大切だ」と叫びながらデモ行進をする市民=2020年6月19日午後4時43分、米ニューヨーク

 コロナ禍の今、アメリカ合衆国では、黒人に対する警察暴力がふたたび問題になっている。

 ミネソタ州ミネアポリスで警官に押さえこまれた黒人ジョージ・フロイドは、「息ができない」と何度も訴えていた。それにもかかわらず、白人警官はフロイドの首に膝を押し付けて圧迫し続け、9分近くそのままの状態で、「息ができない」という悲愴な訴えを無視し続けたのだった。その結果、フロイドは死んだ。

 今日ではスマホの普及により、ときには現場の映像がリアルタイムで放映され、一般人がその様子を見られるようになった。映像は文字による説明より、はるかに強いインパクトを大勢の市民たちに与える。このような事件が報道されるたびに、まるでリンチ(私刑)が頻繁に起きていた時代に後戻りしているように感じる。おそらく後戻りとか復活したということではなく、報道されない中で、全米で継続的に執拗にこのような警察暴力が起きていたのである。

 「コロナ戦争」のさなかにあって、私たちはロックダウン状況に押し込められ、外部との接触はソーシャル・メディアを通じて行われることが多くなった。予想されなかった事態に陥り、人間の力を超えた「不条理」を経験する中で、これまでの人生、生きかた、価値観を省みる機会が多くなったのではないか。コロナ禍の、そしてコロナ後の「新たな日常」とは、あらたな価値観に基づく生きかたを指している。コロナの襲撃は、私たちに実利のみを求めてきた経済優先の、資本主義に支配された社会への反省を促す契機になったのではないか。

 BLMの運動が世界へ広がっていったのは、当初は「アメリカの黒人」への不当な扱いへの批判からで、アメリカのBLMの動きに同調していたのだが、今ではそれぞれの国が抱える黒人、移民、弱者の問題として、対岸の火事ではなく身近な問題として捉えるようになっている。だからこそ世界的な展開を見せたのだろう。

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筆者

荒このみ

荒このみ(あら・このみ) 東京外国語大学名誉教授

1946年、埼玉県生まれ。69年、お茶の水女子大学卒業。76年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。東京外国語大学教授などを歴任。著書に『アフリカン・アメリカン文学論』(東京大学出版会)、『黒人のアメリカ』(ちくま新書)、『歌姫あるいは闘士 ジョセフィン・ベイカー』(講談社)など。訳書に『「他者」の起源』(トニ・モリスン著、集英社新書)、『風と共に去りぬ』(M・ミッチェル、岩波文庫)ほか。