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「8割おじさん」単独取材 良識試される、感染症報道

岩永直子 BuzzFeed Japan 記者、編集者

 新型コロナウイルスによって私たちの生活は大きく変わった。この新しい感染症について何をどう報じるべきか。終息の気配は見えないまま試行錯誤が続く。BuzzFeed(バズフィード)の実践からコロナ報道のあり方を考えてみたい。

正体不明な感染症をどう報じる?

 私は読売新聞で20年、社会部、医療部の記者として働いた後、ネットメディア「BuzzFeed Japan」に転職し医療報道を担当している。自身で書くだけでなく、他の記者の医療取材に助言・編集をし、専門家による寄稿の編集も行う。

 我々のコロナ報道は、正月休み明けの1月8日、寄稿者の一人である都立駒込病院感染症科部長、今村顕史さんのメールから始まった。

 「中国の武漢で発生している原因不明のウイルス性肺炎。まだ不明なことだらけなので、もう少し待ってからと思っていましたが、急に報道が増えてきたため、現時点での情報をまとめてみました」

 人から人へうつるかどうかも不明な時期にわかっていることを伝え、「春節」の大型連休を迎える中国からの旅行者によって日本にもウイルスが入ってくることに警戒を呼びかける寄稿だった。中国人への偏見を強める可能性はないか同僚にも相談したうえで編集し、翌日に記事を出した。「過剰な不安を煽ることのないように、報道側も注意する必要がある」と報道に釘を刺す一文が印象的だ。

 正直、この初報の時にはこれほどまでの大ごとになるとは思っていない。最初の死者が出た直後の続報で今村さんは、今日でも予防の基本となっている咳エチケットと手洗いを呼びかけ、再び冷静な報道を訴えた。

 HIV取材で知り合った今村さんには、1980年代のHIVへの恐怖を煽った報道で今も感染者への偏見が払拭できていない現実を何度も取材したことがある。

 感染症に付き物のパニックを引き起こさない。それがBuzzFeedのコロナ報道の基本路線として最初に心に刻んだことだ。

 1月16日には国内初の感染者が発表され、感染者数が日々膨らむ中で世界的な流行になることを覚悟した。

 私が最初に取材したのは、国際的な感染症の専門家で、2009年の新型インフルエンザ発生時には国の対策を検討する委員会の副委員長も務めた川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さんだ。後に政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議、新型コロナウイルス感染症対策分科会の委員にもなった。

 SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)など過去のコロナウイルスと比べてどれほど警戒すべきか、どんなシナリオが予測されるのか、どんな予防策が有効か。データも少ない中、経験豊富な専門家の見解を聞く内容だ。1月29日の夜に取材し、翌日には公開。1万字を超えるインタビューだが200万近い閲覧数を記録した。

 正体不明な感染症では不安や恐怖も伝染しやすい。情報を整理して見通しを示し、具体的な対策を伝える必要がある。国際的に流行する感染症の場合、海外や公的機関とのパイプも太く、新しい情報をタイムリーにキャッチできる専門家に協力してもらわなければならない。

 今村さんも岡部さんも新聞社時代から取材し、寄稿も度々お願いしてきて信頼関係がある。感染症の流行は突然起きる災害だ。報道も日頃からの備えが必要だと痛感するスタートだった。

拡大受け入れ時にメディカルチェックをする藤田医科大学岡崎医療センターのスタッフ。BuzzFeedは、同センターがクルーズ船に乗っていた無症状の陽性者の受け入れを決めたことを特報。偏見、差別につながらないよう同センターの英断として報道した

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筆者

岩永直子

岩永直子(いわなが・なおこ) BuzzFeed Japan 記者、編集者

1973年、山口県生まれ。98年、東京大学文学部卒、読売新聞入社。社会部、医療部、「ヨミドクター」の編集長を経て、2017年5月にBuzzFeed Japanに転職し、BuzzFeed Japan Medicalを開設。ニュースチームのエディターを担う傍ら、自ら主に医療に関連した記事を発信。共著に『新・養生訓 健康本のテイスティング』(丸善出版)、『この国の不寛容の果てに:相模原事件と私たちの時代』(大月書店)、『アディクション・スタディーズ 薬物依存症を捉えなおす13章』(日本評論社)。