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特ダネの記憶「片山隼君事故」

両親、記事で支え、不起訴撤回 検察「捜査誤り」認め、異例の謝罪

江刺正嘉 毎日新聞記者

 始まりは1通の手紙だった。20世紀も終盤に近づいた1998年2月下旬。東京・桜田門の警視庁本部9階の記者クラブにある毎日新聞のボックスに1枚のファクスが送られてきた。東京本社に届いた読者からの手紙が転送されてきたものだった。「かわいい8歳の息子が大型ダンプにひき逃げされました。『いってらっしゃい』と朝、学校に送り出した直後の出来事で……」という書き出しだった。

 内容は前年の97年11月28日、東京都世田谷区で登校途中に小学2年生の男児がダンプカーにひき逃げされ、死亡した事故に関するものだった。交通部門担当の私もその事故は記憶にあった。事故当日、私は警視庁広報課からの広報文で発生を知った。「小学生が登校時にひき逃げで死亡した悲惨な事故。記事にする必要がある」と判断したものの、現場には行かず、管轄の成城署に電話取材して短い原稿にまとめた。
東京本社発行の夕刊最終版に「ひき逃げされ小2男児死亡 世田谷・容疑者逮捕」の見出しで21行のベタ記事が掲載された。

 手紙は事故で亡くなった片山隼(しゅん)君の母章代さんからだった。

 手紙を読み進めていくうち、内容に驚かされた。運転手が不起訴になったと書かれていたからだ。「あの事故で不起訴だなんて」。小学生が通学途中に横断歩道でひき逃げされて死亡した極めて悪質なケース。運転手は起訴されると思い込み、その後の捜査に全く注意を払っていなかった。

 手紙には、隼君は青信号で横断歩道を渡っていて事故に遭い、成城署も両親に「(運転手の)起訴は間違いない」と公言していたのに、東京地検は事故からわずか20日後に不起訴にしたと書かれていた。担当の副検事は両親から一度も事情を聴かずに処分を決め、その直後に異動した。そのため、両親が副検事から話を聞くこともできないという。両親の悲しみに耳を傾けない地検の対応への憤りが伝わってきた。

拡大ダンプカーによる事故で8歳の二男を亡くした両親の思いを伝える毎日新聞の1998年4月24日付夕刊社会面の記事。一連の隼君事故のキャンペーンが始まった

地検対応への疑問原動力に取材

 「事実なら大きな問題になる」。はやる気持ちを抑え、重大事故を捜査する交通部の担当課に向かった。旧知の課長補佐はすぐ面会してくれたが、捜査の詳しい経緯を知らないようで、ひき逃げ事故担当の係長を自席に呼んだ。手紙の内容を聞いた係長は「実は私も地検の対応がおかしいと思っていました」と切り出した。「まさか」。私は耳を疑った。

 係長は続けた。「朝のラッシュ時の事故で目撃者が多いはずなのに、成城署の初動捜査では被害に遭った児童がダンプにひかれた瞬間を直接見た人が見つかりませんでした。運転手の起訴を確実にするためには、新たな目撃証言が必要だと判断し、本部から成城署に目撃者の補充捜査を指示しました。ところがその直後に、地検から『目撃者探しは必要ない』との連絡が入ったんです」

 地検がなぜ証拠固めに逆行するような指示を出したのか、係長の説明を聞いても皆目見当がつかなかった。当の係長も副検事から詳しい説明を受けているようには思えなかった。課長補佐も係長も信頼できる人物で、顔見知りの記者にわざわざウソをつくとも考えられなかった。

 社会部の前に在籍した経済部で自動車業界を担当した際、命に関わる問題だと思い、自動車各社の安全技術をよく取材した。警視庁では薬物やわいせつ事犯を摘発する生活安全部がメインの担当だったが、交通部に自然と足が向いた。取材の積み重ねで信用されるようになったからこそ、警戒されずに不可解な捜査の核心を聞き出せたと思う。

 「手紙の内容は事実の可能性が高い」。私はそう確信し、関係者の取材を慎重に進めた。まず担当の副検事に会い、不起訴処分の理由を直接聞くことにした。法務省職員録で自宅を調べ、何度も訪ねたが、会えなかった。

 事故の状況や東京地検・警視庁の対応を詳しく知るため、手紙を受け取ってから約1カ月後、初めて章代さんと夫の徒有(ただあり)さんに会った。98年4月1日。隼君が生きていればちょうど3年生に進級した日だった。自宅には愛らしい隼君の写真が壁中に張られていた。「大空を飛ぶハヤブサのように自由に育ってほしい」。「隼」という名前に両親が込めた思いを聞いた。章代さんは写真の思い出を1枚1枚について丁寧に説明してくれた。

 「一度も謝罪に来ない運転手の刑事処分がどうなったか知りたくて、事故から約2カ月後、東京地検を訪ねました。窓口の女性事務官からすでに前年末に不起訴になっていたことを聞かされ、がく然としました。息子の命を奪った運転手が不起訴なんて……。納得できるはずもなく、理由を尋ねましたが、事務官から『教える義務はない』と断られました」

 「『検事さんに会わせてほしい』と事務官に頼みましたが、『担当の副検事は転勤した』と言われました」「事務官は『不起訴が不満なら』と、検察審査会の制度を説明した簡単なパンフレットを渡してくれただけでした」

 「捜査内容を被害者や遺族に教えないなら、検察官は誰のために働いているんでしょう」

 初めて訪れた検察庁での対応が、息子を失った親の心の傷を深くしたことが痛いほど分かった。

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筆者

江刺正嘉

江刺正嘉(えさし・まさよし) 毎日新聞記者

1960年、宮城県石巻市生まれ。早稲田大学法学部卒。85年、毎日新聞社入社。大分支局、筑豊支局、西部本社報道部を経て、92年4月から、東京本社経済部で旧大蔵省、自動車業界、日銀・金融機関を担当。95年10月~2019年4月、東京社会部で警視庁担当や交通事故・被害者問題のほか、医療事故、薬害C型肝炎訴訟、精神医療、薬物依存症などのキャンペーンに取り組んだ。片山隼君事故をきっかけとした一連の交通事故・被害者支援報道で、2000年度の新聞協会賞と日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞を同時受賞。19年5月から久留米支局、20年4月から福岡本部報道部。ハンセン病問題と、交通事故で重い障害を負った患者・家族の支援問題の取材をライフワークにしている。