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なぜ民主主義か、 どこまで民主主義的であるべきか

長谷部恭男 早稲田大学法学学術院教授

2.多数決で結論は適切に決まるのか─ポワッソンのパラドックス

 なぜ多数決なのかという問題と並んで、多数決で本当に筋の通った結論を生み出すことができるのかという問題がある。投票のパラドックスをはじめとしていろいろな問題が考えられるが、ここでは、多数決に参加する各メンバーの「理由」を集計したときの結果と各メンバーの「結論」を集計したときの結果が食い違いを起こす可能性について説明しよう。この問題は、最初に定式化したフランスの数学者の名前をとって、ポワッソンのパラドックスと呼ばれる(注3)

 刑事事件は3人の裁判官の合議体で裁判されることがある(裁判所法18条1項2項、26条2項3項)。刑事事件では、被告人が、①窃盗や殺人など、法律が定める行為類型(「犯罪構成要件」と呼ばれる)にあてはまる行為を行ったこと②正当防衛(刑法36条1項)や正当行為(刑法35条)など、違法性を阻却する事由がないこと(裏側から言えば違法性があること)③心神喪失(刑法39条1項)など責任を阻却する事由がないこと(裏側から言えば有責であること)が、すべて証明される必要がある。どれかが欠ければ、被告人は無罪である。

 今、3人の裁判官がある被告人について次のように考えているとしよう(表参照)

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 裁判官Cが、被告人は窃盗を行っていないのに違法性があると判断しているのはおかしいと思うかも知れないが、違法な窃盗は行われたが、それは被告人が行ったことではないと判断していることもあるだろう。

 このとき、個別の論点について順に3人の裁判官で多数決をとると(裁判所法77条参照)、被告人は窃盗を実行しており、その行為に違法性はあるので有罪となる。ところが有罪か否かの結論について多数決をとると、2対1で無罪になる。

 このパラドックスについては、高名な訴訟法学者の間でも、論点ごとに多数決をとってその論理的帰結を判決とすべきだという意見と、まず結論に関して多数決をとるべきだという意見とが対立して

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筆者

長谷部恭男

長谷部恭男(はせべ・やすお) 早稲田大学法学学術院教授

1956年、広島県生まれ。東京大学法学部卒。学習院大学教授、東京大学教授などを経て2014年から現職。著書に『憲法の理性』『比較不能な価値の迷路』(ともに東京大学出版会)、『憲法の良識』(朝日新書)、『戦争と法』(文藝春秋)、『憲法講話』(有斐閣)など多数。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです