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津波常襲地にある地元紙の責務 いつまでも地域の声を聞き続ける

鈴木英里 東海新報社代表取締役

無我夢中で駆け回る

 とはいえ、発災直後の新聞製作は何から何まで手探りだった。なにせ、前回の大津波は51年前。経験者といえるのが当時69歳の先代社長しかおらず、その社長とて高校3年のころの出来事なのだ。誰も、大規模自然災害に見舞われた中で新聞を作った経験がない。

 右往左往しながらも、編集部は「人々が知りたいのは、何よりも家族や友人の安否だ」と考えた。津波の発生が平日の昼だったため、家族が一緒に避難できているとは限らない。移動手段がなく、電話もネットも通じないから、隣町のことさえわからず、誰もが不安な日々を過ごしていた。

 地域の避難所は120カ所以上にのぼったが、記者もそうでない社員も関係なく、手分けして情報収集にあたった。張り出された避難者名簿を撮影し、会社に戻ったら、その写真を見ながら名前をパソコンで打ち込むのだ。

 名簿は手書きだから、たまに判別できない文字もある。そういう部分は黒丸(●)で示した。たとえば「渡辺●隆」というように。知っている人なら、避難場所や前後の人物名から、「うちの父かも」などと推察できる可能性があると考えた。とにかく手元にあるものは全部のせよう、そう決めた。

 次に求められたのは生活情報

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筆者

鈴木英里

鈴木英里(すずき・えり) 東海新報社代表取締役

1979年、岩手県大船渡市生まれ。2002年、立教大学文学部卒。東京での出版社勤務を経て、08年、祖父が創業した東海新報(大船渡市)に入社。20年4月、同年1月に亡くなった父の鈴木英彦代表取締役の後任に就いた。