警察権力の不正、調査報道と組織ジャーナリズムで挑む
2021年02月26日
「俺たち、見くびられているよな。内部告発者に相手にされていないんだな」
鳥越俊太郎氏がキャスターを務めるテレビ朝日の報道番組「ザ・スクープスペシャル」を見ながら、筆者は思わず、そんな言葉を同僚に投げかけた。2003年11月23日の日曜日。2週間前の日曜日には小泉純一郎政権下での衆院選が行われたばかりとあって、午後の編集局はどこか弛緩した空気が漂っている。ところが、筆者は穏やかではない。背を伸ばせば、札幌の時計台を見下ろせる窓際のテレビを前に半ば、ぼうぜんとしていた。
旭川中央署で「捜査用報償費」という名の予算が不正に使われ、裏金になっているのではないかという疑惑。それを報じる画面には黒塗りのない会計書類も映っている。内部告発者が関係文書をそのままテレビ朝日側に提供したことを物語る内容だ。犯罪を取り締まるべき警察が署ぐるみで公金を不正に使用している疑いが濃い―。そんな重大な内部告発が地元最大のメディアである北海道新聞を素通りし、東京に向かったのだ。内部告発者は「道新に情報提供しても握りつぶされるだけだ」と判断したに違いない。
報道本部次長で警察・司法担当デスクだった筆者は、番組が終わると、スクープされたことに対する上司への言い訳と、次にどうするかを考え始めていた。その後、1年半近く続くことになる北海道警察の裏金問題取材。それは「抜かれ」から始まった。
「捜査用報償費」は都道府県の予算であり、事件捜査の際、有益な情報を提供してくれた協力者への謝礼や聞き込みの際に必要な飲食費などに費消する。同様の趣旨の国費は「捜査費」だ。基本は現場の捜査員らが会計書類を起案し、領収書を添えて会計処理する仕組みである。「ザ・スクープ」によると、旭川中央署の会計書類では参考情報を寄せてくれた人におおむね数万円程度の謝礼を払ったことになっていたが、支出先として記載された人々はいずれも「もらった記憶がない」「そもそも警察官に会ったことがない」などと答えていた。既に死亡していた人や架空の住所の記載もあった。こうした偽造書類は警察内部で作成され、支出された公金は内部で裏金としてプールされてきたという。
この先行報道をどうするか。筆者はしばらく、日々の作業を離れ、考えにふけった。本社の調査部にこもって過去記事を調べたり、自宅の本棚から元警視監の松橋忠光氏の手記『わが罪はつねにわが前にあり』や警察内部の暴露本『ケーサツの横はドブ』といった関連書籍を引っ張り出して再読したり。同じ2003年の夏、ひと足早く、警察の会計不正の追及に乗り出していた筆者の郷里・高知新聞の報道も改めてチェックした。
警察担当記者を集めて対策会議を開いたのは、「ザ・スクープ」から2日後の火曜日夜である。本社6階のC会議室。窓のない無味乾燥な部屋で、出前の弁当をつつきながらの会議だった。既に他紙は月曜の朝刊で番組内容の後追いを済ませている。かたや北海道新聞は会議のあった火曜日の朝刊でようやく後追い記事を出していた。テレビ朝日から2日遅れ、朝日新聞などの全国紙からも丸1日遅れ。しかも内容に目新しさはない。その時点では、少なくない読者や「ザ・スクープ」への内部告発者は「やっぱり道新は道警とべったりなんだな」と思ったに違いない。
北海道警が組織ぐるみで「報償費」の架空請求による裏金づくりをしていたとする疑惑を報じた2003年12月3日付北海道新聞朝刊1面。キャンペーンは1年半に及び、その間の関連記事は約1400本にのぼった。道警本部長は、「予算の不適正執行があった」と、事実上の不正経理を認めて謝罪。利子を含めた返金総額は約9億円。最初の報道から1年後の04年12月、道警は幹部ら98人の懲戒処分を含め職員約3000人の処分を発表した。当時の小泉純一郎首相は国会で「日本警察全体の問題」と表明。警察の裏金はその後、全国20以上の府県で発覚した。
北海道新聞本社の警察・司法担当は当時、道警本部担当として3人(道警キャップ、サブキャップを含む)、札幌市内7署の担当が5人。43歳だった筆者を除けば、ほぼ全員が20代、30代と若い。入社したばかりの新人もいた。
C会議室の会議で筆者は何を伝えたか。最大の目標は「権力監視というジャーナリズムの本務を遂行しよう」であり、重点項目は数点あった。当日以降に示した内容も含めて記せば、おおむね以下のようになる。
①何よりも読者のために
裏金は旭川中央署に限ったことではなく、全国警察に
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