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差別根絶条例を旗印に地域を守る

ヘイトスピーチに中立の立場はない

石橋学 神奈川新聞川崎総局編集委員

 〈差別は犯罪となった。いよいよ中立の立場はあり得ない。差別をする側を断罪し、差別される側に肩入れして報じる。それでこそ公平公正な報道となる。偏ってなどいない。ど真ん中の規範となった差別根絶の闘いによって社会正義を実現していく〉

 2019年12月、年末恒例の回顧記事を私はそう締めくくった。力み返った結びの一文には私なりの理由があった。

 その2週間前、ヘイトスピーチに刑事罰を科す全国初の条例「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例(差別根絶条例)」が成立していた。この国の法令史で初めて差別を「犯罪」と定め、罰則(最高で罰金50万円)をもって規制するという画期的な条例だ。川崎市という一自治体ではあるが、へイトスピーチは表現の自由として保障されるものではなく、条例に基づき規制されるものと示された。

 「私たちはようやく、法によって守られることになります」「やっと川崎市民として認められた気がします」

 戦前から差別にさらされ続けてきた在日コリアン1世、80歳を超えるハルモニ(おばあさん)たちの感慨に触れ、私たちの国は、旧植民地出身者とその子孫をかくも長きにわたって「二級市民」として扱い続けているのだと改めて知る。近年のインターネット上からまちなかまで響く「死ね」「たたき出せ」の大合唱も、差別を放置、温存し、再生産してきた結果に過ぎなかった。

 私自身を振り返っても、取材を始めた8年前、ヘイトデモを報じることに尻込みしていた。差別に対して鈍感で、マイノリティーが被っている不公正を見過ごす傲慢で怠惰な自分がいた。メディアとして役目を果たしていれば、もっと早く規制はできていただろうし、差別の被害拡大も防げたはずだという思いが強い。

 だから冒頭で紹介した一文には、悔悟とともに後戻りはすまいという決意を自分に向けて記したつもりだった。

 それから1年余りたち、私はその思いを強くしている。

初めてのヘイトデモ取材

 私が初めてヘイトデモの現場を取材したのは2013年5月12日だった。153万都市の玄関口、JR川崎駅前の繁華街が100人超の集団によるシュプレヒコールで憎悪に染められていた。沿道には抗議のカウンター(対抗行動)に駆けつけた市民も集まっていた。ガードレールから身を乗り出しては「差別をやめろ」と怒声を張り上げるが、警備に当たる神奈川県警の機動隊に押し戻されてしまう。デモは川崎市と県公安委員会によって許可され、警察によって守られ、このまちに暮らす在日コリアンへの迫害が、大手を振って行われていたのだった。

 騒然とした状況の中、目の前の人たちはなぜヘイトに駆られているのかに、私は思いを巡らせていた。この国最大の差別扇動団体「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の桜井誠会長(当時)をつかまえて「なぜあなたはこれほどまでに朝鮮人を嫌うのか」と質問までしていた。

 理由などどうでもいいはずだった。差別をしていい理由などどこにも存在しない。差別する側に酌むべき事情などない。本来、やるべきことは言下に非難する記事を書くことだけだった。

 しかし、そうしようとしなかった私の振る舞いは、記者歴20年余で染みついた「中立・公正」「公平」のなせる業に違いなかった。目の前の不公正を直ちにただそうと思い至らなかった私の頭によぎっていたのは、「どっちもどっち」というものだった。

 抗議するカウンターの「レイシストは社会のくず」「お前らが帰れ」という罵倒の激烈さに、私は面食らっていた。とりわけ1枚の横断幕に引っかかりを覚えた。桜井会長の丸々とした顔のイラストとともに「ヘイト豚死ね」と書かれていた。私はカウンターの一人に水を向けた。

 「『死ね』はさすがに言い過ぎでは」

 男性はあからさまにあきれた顔を浮かべた。

 「あの連中はマジョリティーの立場からマイノリティーである在日に死ね、殺せと言っている。こちらは日本人同士、同じ多数者という対等な立場から罵っているだけだ。目の前で起きているひどい差別を真っ先に批判すべきなのに、言葉遣いの善しあしに目を向けて、一体何がしたいのか」

 差別は力関係を背景に強者から弱者へ行われ、だから卑劣で深刻なダメージを与える。記者でありながら差別の基本的な構造も理解していないのか、という非難だった。なるほどと思いつつ、私は「でも、乱暴な言葉では運動への共感は広がらないのではないか」と問いを重ね、またも手厳しく反論された。

 「では、あなたたちマスコミは一体どんな記事を書き、共感を得たというのか。在特会は2009年ごろからヘイトデモを始めているが、メディアが批判しなかったから毎週のようにデモをするまでになった。手あかの付いた『差別はいけない』といったお題目を唱えて済ませていられるのは、あなたがしょせん人ごとと感じているからだ」

 怒声を張り上げるのは、ヘイトスピーチが周囲に届かないようかき消し、扇動効果を無力化させるためだ。最大級の怒りをぶつけるべき異常事態が起きていることを、素通りする人々や放置している社会に知らせるためでもあるという。

 返す言葉がなかった。これこそメディアがやるべき仕事ではないかと思った。沈黙は容認と同じだ。放っておけば感化され、同調する者も出てくる。誰かが否定しなければ、標的にされた人たちは殺されるべき存在にされたままだ。カウンターの市民はデモの現場に手弁当で駆けつけ、声をからしている。会社の看板に守られ、給料までもらっている私が高みの見物でいいはずがなかった。

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筆者

石橋学

石橋学(いしばし・がく) 神奈川新聞川崎総局編集委員

1971年、東京都生まれ。早稲田大学卒。94年、神奈川新聞社に入社し、川崎多摩支局、相模原支局、報道部次長兼論説委員などを経て、2018年から現職。長期連載「時代の正体」取材班。共著に『時代の正体 vol.1~3』(現代思潮新社)、『ヘイトデモをとめた街』(同)、『ヘイトスピーチ攻防の現場』(社会評論社)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです