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断絶を招く正しさの暴力

分節化し制御、対話の回路を

高山明 演出家・アーティスト

「あいちトリエンナーレ」

 2019年の「あいちトリエンナーレ」(以下「あいトリ」)は「表現の自由」をめぐって大騒動を引き起こした。あいトリの中で独立した展覧会として催された「表現の不自由展・その後」(以下、「不自由展」)は、「電凸」の影響を受けて公式オープン3日で閉鎖され、閉鎖に反対した作家たちは作品展示をボイコットし、あるいは、ボイコットせずに展示の再開を目指した「ReFreedom_Aichi」という運動が始まり、いったん採択の決まった文化庁の補助金が「全額不交付」とされ(のちに減額交付を発表)、国が「表現の自由」に介入する事態にまで発展した。あいトリの会場には連日のように右翼が街宣車で乗りつけ、演説を打ち、反対する勢力と衝突し、警察の姿を見ない日はなく、施設内も異様な緊張感に包まれていた。芸術祭が様々な暴力を呼び込み、それらが複雑に交差する場になったように感じた。暴力全般について論じることは私の力の及ぶところでない。私が関わった「Jアート・コールセンター」に話を絞り、具体的に考察していくことで、あいトリをめぐる暴力の絡み合いがその輪郭を浮かび上がらせるのではないかと思っている。

 Jアート・コールセンターは、前述のReFreedom_Aichiという運動の中から生まれたのだが、まずはどういった経緯でコールセンターがつくられたかを説明したい。

 不自由展が閉鎖された大きな原因として、「電凸(」と呼ばれる組織的な抗議電話があった。その電話が膨大な数、朝から晩までかかってきて、県のあいトリ事務局だけでなく、いろいろと飛び火していき、県の他の部署やスポンサー企業など、電凸は拡大の一途をたどった。電凸をはじめとした芸術祭への抗議や攻撃によって、不自由展は展示中止の憂き目に遭う。そのなかには明らかに脅迫と呼べるようなものもあったようだ。展覧会にガソリンを持ち込むというファクスを送った人物が威力業務妨害容疑で実際に逮捕されたニュースを見た人も多いだろう。

 ひっきりなしにかかってくる電話に誰が応対しているかというと、あいトリ事務局に配置されている県の職員さん方だった。彼らは当初、名前を言わなくてはいけない、自分から電話を切ることができないという県が定めるマニュアルに従って応対していた。長い場合は3時間ひたすら罵倒されるとか、内容的にもここでは書けないようなひどいものが多く、精神的にほとんどの人が参ってしまったという話だった。以前、私も脅迫を受けていたことがあったので、電話が日に何十回もかかってくる怖さとストレスは想像できた。私たちアーティストは表現の自由を訴えるが、最前線で戦い、展覧会を守ってくれているのは彼らなのだと思った。一番の当事者である私たちが、直接そうした電話の声に耳を傾けるべきではないか。そのような率直な気持ちが出発点としてあった。

コールセンターをつくる

拡大「表現の不自由展・その後」への苦情や抗議を含む電話をアーティスト自らが受けた(撮影・蓮沼昌宏氏)

 まず私たちがやったことは、実際に電話対応している事務局の方々へのインタビューだった。どういった状況なのか、どういう電話があるのかを、話せる範囲で聞かせてもらった。そうしたインタビューと並行して、コールセンターの会社を立ち上げた方に何度かお目にかかってお話をうかがった。どういうふうにつくるのか、シフトはどのように回すのか、電話を受ける際の注意点はなにか、電話対応するうえでなにが大事なのか、といったことをひたすら質問させてもらった。コールセンターをつくるにあたり、私たちができることとできないことの線引きをしたかったのである。

 次に、どこからが暴力的な脅迫でどこまでがクレームなのかという線引きをするために、弁護士を招いて何度かワークショップを行った。それで暴力と暴力でないもの、意見を言う行為と脅迫行為の線引きを、弁護士に相談しながら自分たちなりに決めていったのである。かかってきた抗議の電話をすべて電凸と一括りにしてしまうことはできないから、暴力を分節化し、暴力を制御することで、逆に、ありうるかもしれない対話の回路を広げようと考えた。こうして、私たちなりのガイドラインとマニュアルを作っていった。

 実はここがとても大事なのだが、こうした私たちの作業とは別に、県も電凸対策を着々と進めていた。愛知県は今回、ひょっとすると今後「あいトリモデル」と呼ばれるような、新しい電話対応マニュアルを短期間のうちに作成している。重要なポイントをまとめると、①電話回線を絞る②職員は自分の名前を言わなくてよい③10分したら自動的に切れる、というものである。これは下手をすると公共サービスの質を下げたと言われかねないリスキーな試みだが、よく大胆な改革に踏み切ったなと思う。

 この改革によって、Jアート・コールセンターの存在意義も出てきた。つまり、10分ではしゃべり足りない人が出てくる。そこで県の職員さんに「まだご意見やご質問があるようでしたら、こちらの電話番号に」とJアート・コールセンターの電話番号を伝えてもらうことにした。県の事務局や芸術祭を主催する自治体が、電話対応のやり方やシステムを刷新することが、実はJアート・コールセンターを成立させるための重要な条件となっていたのである。

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筆者

高山明

高山明(たかやま・あきら) 演出家・アーティスト

1969年生まれ。ドイツで演劇活動後、2002年に演劇ユニットPort B(ポルト・ビー)を結成。演じながら学ぶというベルトルト・ブレヒトの「教育劇」の理念に影響を受け、参加者が都市の実際の施設を巡るなどの社会実験プロジェクトを手がけてきた。「あいちトリエンナーレ2019」にアーティストとして参加。同展には多数の抗議や脅迫が寄せられたことを受けて「Jアート・コールセンター」を設立、アーティスト自らが電話対応して対話や制度の再設定を試みた。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです